



1316.02.08 正和五年丙辰二月八日造立之
長崎県大村市東光寺 東光寺跡
長崎県大村市東光寺 東光寺跡
基礎と塔身が残り、あとは欠失。
塔高;59.0センチ
基礎高;25.0 基礎側面高;22.0 基礎幅;45.5
基礎上面作り出し蓮台高;3.0 基礎上面作り出し蓮台径;39.5
基礎上面枘穴径;25.5
塔身高;34.0 軸部高;26.0 軸部径;30.5
首部高;8.0 首部縁板高;1.0 首部縁板径;23.0
塔身下部枘高;1.5 塔身下部枘径;23.0
塔身上部納入孔径;14.5 塔身上部納入孔深さ;14.5
基礎高;25.0 基礎側面高;22.0 基礎幅;45.5
基礎上面作り出し蓮台高;3.0 基礎上面作り出し蓮台径;39.5
基礎上面枘穴径;25.5
塔身高;34.0 軸部高;26.0 軸部径;30.5
首部高;8.0 首部縁板高;1.0 首部縁板径;23.0
塔身下部枘高;1.5 塔身下部枘径;23.0
塔身上部納入孔径;14.5 塔身上部納入孔深さ;14.5
基礎の上面に、単弁16葉、間弁付の蓮台をを彫り出す。蓮弁は、一部に傷みがあるものの、大部分は、よく残っており、彫りこみがしっかりした、美しい蓮弁を確認できる。上面に、塔身の枘を受ける枘穴を枘の高さに合わせて、浅く彫りこみ、中央部にさらに径5.0センチのこれも浅い不整円孔を彫り込んでいる。そこは平らに整形されており、何か小さな納入物を納めるためのもののように思える。
塔身の軸部は、背の低い円筒形で、首部につなぐ肩は、完好な曲線でつないでいる。首部に薄い縁板を彫り、その上は全体に勾欄を表現したと思われる連子文を彫る。上部は不規則に欠けているので、どのように笠を乗せていたかは解らない。上部から深く彫りこまれた穴は全体に表面が仕上げられており、納入孔として造られたものと思われる。
塔身の軸部は、背の低い円筒形で、首部につなぐ肩は、完好な曲線でつないでいる。首部に薄い縁板を彫り、その上は全体に勾欄を表現したと思われる連子文を彫る。上部は不規則に欠けているので、どのように笠を乗せていたかは解らない。上部から深く彫りこまれた穴は全体に表面が仕上げられており、納入孔として造られたものと思われる。
軸部には、四方に金剛界四方四仏種字「ウーン」「タラーク」「キリーク」「アク」を薬研彫りしている。書体はしっかりしている。
銘が種字「キリーク」と「アク」の間に2行彫られている。
銘が種字「キリーク」と「アク」の間に2行彫られている。
「奉為東光院主阿闍梨惟元也正和五年丙辰二月八日造立之」
「前十一月初四日刃剋逝去在世七十六年而巳」
これによって、前年の十一月に亡くなった東光院主であった阿闍梨惟元の墓塔として、三ヶ月後に造立供養されたものであることがわかる。
笠以上が失われているのは惜しまれるが、破壊されて、土中に埋められていたものが、偶然掘りだされ、現在の形ででも保存されているのは幸いである。長崎県内では鎌倉時代の造立年次がわかる数少ない石塔の一つである。
笠以上が失われているのは惜しまれるが、破壊されて、土中に埋められていたものが、偶然掘りだされ、現在の形ででも保存されているのは幸いである。長崎県内では鎌倉時代の造立年次がわかる数少ない石塔の一つである。
1974.11.03調査
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