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1543.05.17  天文十二年癸卯五月十七日


長崎県諫早市小野天満宮境内


安山岩製





塔高;186.5センチ


基礎高;63.0 基礎作り出し地覆幅;44.0 基礎作り出し地覆高;約10.0


基礎下部幅;38.0 基礎上部幅;29.5


竿高;58.5 竿下部幅29.5 竿上部幅;24.0


中台高;12.5 中台径;44.0 中台蓮台部高;8.5


中台下部造り出し高;4.0 中台下部造り出し幅;23.0


龕部高;30.0 龕部下部径;18.0 龕部最大径;23.5


笠高;14.0 笠径;60.5 笠軒中央厚4.0 笠軒端厚;5.5


作り出し宝珠高;9.0 造り出し宝珠径;12.5 造り出し宝珠下部径11.0





 基礎は四角。全体に鑿の跡を残し、荒く仕上げている。下部に地覆部を造り出す。やや先細りに、背を高くして、竿を乗せる。


 竿は四角。上部を少し逓減させる。表面の仕上げは少し粗い。


 中台は円。かなり傷んでいるが、大振りの8葉蓮弁、間弁付が確認できる。


 龕部は円。下部に低い円柱を造り出し、上に蓮台に乗る地蔵菩薩立像を厚肉彫している。全体に摩耗が進み、蓮台や像容は、あまり確認できない。この塔も他の2基と同じく、頭部が殆ど欠落している。像の上部に上細りの円柱を造り、笠を乗せる。


 笠は6角。屋根の稜線は起らせている。軒は、厚めにして、天文四年銘塔同様、上下を分ける線刻を入れる。線刻の下部は垂木型を表現したもののようである。


笠の上に、宝珠を造り出す。天文拾壹年銘塔にある請花は省略されている。





 銘が、竿の3面に彫られている。





(正面)





 「奉供養念佛俉百万返」





(右側面)





 「逆修善根主 悦岩 喜公」





(背面)





 「干時天文十二年癸卯五月十七日」





 この銘は、配置が少し変えてあるが、同所に並ぶ、天文拾壹年銘塔とほとんど同じになっている。悦岩喜公は悦岩宗喜と同一人と考えられ、天文四年に4人で逆修供養して、石塔を建て、天文十一年には、個人で同様の逆修供養を行い、石塔を建て、更にその翌年に、重ねて、前年とほとんど同様の内容で逆修供養を行っていることがわかる。





1974.11.23調査










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