

1622.07.15 元和八年壬戌七月十五日
長崎県東彼杵郡川棚町下組郷平尾 常在寺 裏山墓地内
玄武岩製
長崎県東彼杵郡川棚町下組郷平尾 常在寺 裏山墓地内
玄武岩製
常在寺の裏山に広がる墓地の一番奥に、隠されたように建てられている。
自然石の表面を磨いて、仏塔の自然石板碑のような表現でローマ字を交えた銘文が彫られている。
自然石の表面を磨いて、仏塔の自然石板碑のような表現でローマ字を交えた銘文が彫られている。
碑高;102.0センチ
基部幅;29.0 基部厚;12.5
上部幅;27.5 最大厚;18.0
上部円相径;19.5
基部幅;29.0 基部厚;12.5
上部幅;27.5 最大厚;18.0
上部円相径;19.5
(円相内) 上部は不明記号
「CRVs」
「CRVs」
(円相下部)
「Mali」(1字目のMは?)
「元和八年壬戌」
「富永二介妻」
「七月十五日」
ローマ字の読みについては諸説がある。
仏塔のように、碑面上部円相中に、仏、菩薩の代わりのようにローマ字が彫られている。
円相内の上部は、文字か記号か、諸説があるようである。下は、「CRVs」の組み合わせのように見える。
円相下部のローマ字の組み合わせにも諸説があるが、「Mali」のように見え、女性霊名であると思われる。
元和八年七月十五日に亡くなった、富永二介妻の墓碑として建てられたものである。
この墓碑が建てられた元和のころは、キリシタンへの弾圧が非常に厳しかった時代である。銘文中、明確にキリシタンと解る十字架等を避けて、ローマ字表現にしたものと考えられている。
傷みもなく、保存がいいのは、墓地の最奥部にあり、常在寺の保護を受けてきたからではないかと思われる。
仏塔のように、碑面上部円相中に、仏、菩薩の代わりのようにローマ字が彫られている。
円相内の上部は、文字か記号か、諸説があるようである。下は、「CRVs」の組み合わせのように見える。
円相下部のローマ字の組み合わせにも諸説があるが、「Mali」のように見え、女性霊名であると思われる。
元和八年七月十五日に亡くなった、富永二介妻の墓碑として建てられたものである。
この墓碑が建てられた元和のころは、キリシタンへの弾圧が非常に厳しかった時代である。銘文中、明確にキリシタンと解る十字架等を避けて、ローマ字表現にしたものと考えられている。
傷みもなく、保存がいいのは、墓地の最奥部にあり、常在寺の保護を受けてきたからではないかと思われる。
参考文献;『九州の石塔上巻』(多田隈豊秋著 西日本文化協会)
『キリシタン遺物の研究』(竹村覚著 開文社)
『キリシタン遺物の研究』(竹村覚著 開文社)
1974.11.調査
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