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南北朝時代


宮崎県日南市大字吉野方字迫の内 大迫寺跡


凝灰岩製





塔高;170.5センチ


基礎下部幅;76.0 基礎上部幅;77.0 基礎上部奥行;79.0 基礎高;29.5


軸部幅;41.5 軸部高;35.5


裳階軒幅;78.0 裳階軒中央厚;6.5 裳階軒端厚;約7.5裳階上部幅;38.0


裳階軒下厚;7.5


裳階高;35.0


亀腹径;52.5 亀腹上部径;39.5 亀腹高;16.5


笠軒幅;68.0 笠軒中央厚;5.5 笠軒端厚;7.0 笠上部幅;23.5


笠軒下厚;6.0


笠高;39.5


露盤幅;21.5 露盤高;7.5


伏鉢径;19.5 伏鉢高;6.5


請花径;18.5 請花下部径15.0 請花高;6.5





基礎は幅を広くして、比高は低い。各面素面で、彫刻はない。





軸部は高さより幅を大きく取っている。





裳階は軒桁を組み、2重繁垂木、隅木を刻出する。軒は平行部を作らず僅かな曲線でつなぎ、両端で少し反らせる。


降棟は直線的で、かすかに起らせている。屋根の傾斜はほぼ直線にする。


上部は亀腹の下部とかみ合わせにし、境界は明瞭に彫り出す。亀腹の径は、軸部幅より随分大き目に取っている。


亀腹上には通常の2層部分が無く、直接笠を乗せている。亀腹上面と笠の下面の加工状況を確認できないので、元は別石のものがあったかどうか現状では判別できない。


ただ、同所にある多宝塔群は、全てに背の高い断面多角形2層部を別石で作ってはめているので、もとは2層部があったと考えていいのではないかと思われる。





笠は、裳階と同様に、軒桁を組み2重繁垂木、隅木を彫り出す。軒反りは裳階と同じように造る。笠の上辺は幅を小さくして、降棟は軒端まで僅かな曲線でつなぐ。


上部に方形の枘穴を幅約17.5センチ、深さ約8.5センチほど彫り込み、その内壁面は整形している。この枘穴の底から内部をくりぬき、笠、亀腹、裳階を貫通させている。基礎は不明だが、上部から覗くと、軸部には内部の彫り込みは無い。この孔の内壁には、笠の枘穴部と異なり、深い鏨痕が残り、仕上げた形跡は見られない。納入孔として造られたものではないように思われる。





相輪は、請花までで上部を欠いている。


露盤は低く、側面2区に分けて、2重輪郭内に格狭間を彫り込む。格狭間は中央の花頭曲線が立ち上がって、肩が落ち、両側の曲線も少し硬さが見える。


伏鉢は無地。


請花は背部を大きく欠いている。細長い先尖りの単弁で、子持ち蓮弁とし、間弁を彫り出す。





請花上部には、径13.0センチ、高さ0.5センチの薄い円形を造り出す。九輪の折れた跡とは見えない。上面は少し削れているが、平らに成形され、きれいに仕上げた跡が見て取れる。中央に径約3.0センチ、深さ約7.0センチの少し角張った円孔が彫り込まれている。この円孔の用途は枘穴ではないかと思われる。九輪以上を金属製にして、差し込まれたものか、或いは、九輪以上を別石で造り、その下部に枘穴を彫り込み、金属棒等の別材でつないだ可能性も考えられるのではないだろうか。この上部の加工が、いつ行われたものか推測するしかないが、当初のものが折れたのを、後になって、修理のために加工したと考えるよりも、当初からのものと考えた方がいいように思われる。





軸部の正面に、


「律師弘恵」


と彫られている。他に銘は見られない。


ここにある「弘恵」は、横に建っている正平弐十五秊銘板碑残欠の銘文中にある「弘恵」と考えられる。参考のため、銘の全文を掲出しておく。銘は、刻字と墨書とを交えて書かれている。





碑面上部に蓮台上梵字「バン」


下に


「相當先師弘恵和尚位弎十三回遠忌」


「正平弐十五秊庚戊卯月八日 門人 各 敬白」


「為増進佛道乃至法界平等利益也」


とある。


この銘によると、正平二十五年卯月八日に弘恵和尚の33回忌の法要を行い、この供養塔を建立したものである。


となると、「律師弘恵」の没年は、延元二年四月八日ということになる。この多宝塔は、弘恵の墓塔と思われるので、造立時期の目安になる。


塔を見ると、軸部が小さく、亀腹が大きすぎ、全体のバランスはあまり良いとはいえない。また、相輪が当初からのものとすると、露盤に彫られた格狭間の形には鎌倉時代から幾分降ることが見て取れる。造立が南北朝時代初期の延元二年まで溯るかどうか、やや不安ではあるが、それに近いころの造立と見ていいのではないかと思われる。





2009.05.05調査





参考文献;『九州の石塔下巻』(多田隈豊秋著 西日本文化協会)


     『日向の石塔』(甲斐常興・伊豆道明著)





調査協力者;岩下 徹










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