

1580.10 天正八年拾月
宮崎県西臼杵郡五ヶ瀬町大字三ヶ所字立壁 茶屋のおばね 茶屋乃森明神
凝灰岩製
"MS Pゴシック";mso-font-kerning:0pt" lang="EN-US">
mso-font-kerning:0pt"> 茶屋乃森明神は、立壁の忠霊塔公園の忠霊塔脇を後方へ二〇mほど入った林叢中にある。
mso-font-kerning:0pt"> 茶屋乃森明神と彫られた近世の小石祠を中心に、右側に天正八(一五八〇)年銘自然石塔婆、左に無銘自然石塔婆二基の計四基が南面して並んでいる。
mso-font-kerning:0pt"> ここではそのうちの在銘塔、(写真一、二、図-一)について述べる。
mso-font-kerning:0pt"> 自然石、凝灰岩製
mso-font-kerning:0pt"> 地表高一八一・五。最大幅は、下から一四・五のところで七三・〇。最大厚は、下から三一・〇のところで四二・〇。
mso-font-kerning:0pt"> 下部は直接土中に埋込んでいる。幅、厚みとも上方にいくほど小さく、全体に先細りになっている。断面は、左側面が厚く右が薄くなる鋭角三角状。碑の正面を加工し、種子と銘のところを整え、ほかは荒仕上げのまま残している。
mso-font-kerning:0pt"> 正面中央上部に月輪を鼑形に配し、なかに阿弥陀三尊種子を薬研彫りにする。各種字とも月輪にくらべて字体が小さく、彫りも浅く弱い。種子の下に次の銘を彫る。(写真三、図-二)
mso-font-kerning:0pt"> 謹奉庚申□成就者也仍塔婆
mso-font-kerning:0pt"> 一尊建立□伸供養處也
mso-font-kerning:0pt"> 清庵源栖
mso-font-kerning:0pt"> 栄庵妙昌
mso-font-kerning:0pt"> 正翁宗信 上座
mso-font-kerning:0pt"> 妙慶壽位
mso-font-kerning:0pt"> 慶菊上座
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mso-font-kerning:0pt"> 天正八年庚辰十月
0pt">欠字はあるが、大意はつかめる。これによると、庚申□成就を記念して、清庵源栖ら五名が施主となり、阿弥陀を本尊とした庚申供養を行い、塔婆一尊を建立したことがわかる。
mso-font-kerning:0pt"> 阿弥陀種子の涅槃点がイーの切継点をはさんでいるが、この異体字は西臼杵郡内で他にも見うけられる。
mso-font-kerning:0pt"> なお、碑の基部左側が斜に切れ込んでいるために、その部分に別石を当て、前面にも石を置いて倒れないように固定している。これらが造立当初からのものかどうかはわからなかった。
mso-font-kerning:0pt"> 先に述べたように、同所には天正碑のほかに、板碑と自然石塔婆がある(写真-四)。一基には彫痕は認められず、他の一基の正面上部には、種子キリ-ク(阿弥陀如来、千手観音など)が小さく彫られている。他に刻字はなく、種子も天正碑のものとくらべると稚拙になり、天正碑よりも降年代のものではないか、と思われる。
mso-font-kerning:0pt">(一九七八年八月五日調査)
mso-font-kerning:0pt"> 西臼杵郡内の石造遺物の所在について、五ヶ瀬町の歴史研究家西川功氏に多大のご教示をいただいた。立壁の石造遺物二基の所在も同氏のご教示を受けたものである。ここに、西川氏のご厚情に御礼を申しあげる次第である。




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