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~癒し工房 Honest Village~(Office Blue-river)blog

フリー編集ライターとして、セラピスト&Candle Artistとしての活動や日常の出来事を綴っています。

face bookと記事を連動したり、させなかったりでブログで書くと唐突のようだけれど、やはりここでも声を上げずにはいられない。
総理の原発収束宣言の後から生じている数々の福島原発トラブル…。 消費税問題よりも先に、そっちをどうにかして欲しい 。

またまた1号機の汚染水の海水流出があったかと思えば、2号機原子炉格納容器の水位は底60cmしかなかった…って、簡単にニュースの一コマで言うけど、それって考えるだけで恐ろしい  原発トラブルに慣れてしまっている感じがもっとコワい

 ドラマや映画にもなった“日本沈没”(原作/小松左京)。その中でも国民がパニックを起こすことが想定されることから、あえて事実を知らせないという政府の姿勢が描かれていた。今回、それと同様なことが起きているように思えてならない。 大多数の国民や土地の放射能汚染が免れないのなら、あえて真実を知らせ動揺させパニックを引き起こすようなことは必要はない。という政府なりの配慮ということなのだろう。

そもそも、自国の真実を海外メディアを通して初めて知る…って、どこか情報規制のある隣国の話だとばかり思っていたけれど、これって我が国も同じで、知らぬは国民ばかり…。今現在も数十年先の未来に向けて本当に収束に向かっているのか…それも怪しく思えてくる。

電力の供給は少なくなっても、やはり地震国日本での原発のリスクは高い…。
そのリスクを未来の子どもに負わせる覚悟で推進するか…。
未来に向けて一人ひとりがきちんと向かい合わなくては…。

二十代の頃、とくに編集者時代は、人から自分の言動に対して“熱いよね!”と言われることが嫌だった。
いまだに人に“熱い”と言われるほど、自分が物事に情熱的だったとは思えないけれど、
それでも当時は、時代は緩さ…ファジーな感覚を求めはじめていたから、そんな風に言われる事が褒め言葉には聞こえず、自分の思いや気持ちとは裏腹、クールで曖昧な自分を装ったりもして…(苦笑)。今思えば、ありのままの自分で良かったはずなのに、若かったな…と笑えてくる。
でも、そんな風な自分を演じているうちに本当に冷めてしまった気もする。

そして、歳月は流れた今、熱くなりたくてもなれずにいる自分がいる。
本当は“ここは熱くなって、行動すべきじゃない…?!“というところで、エンジンがかからない。何か行動を起こすということは、最後まで責任を持つということ。中途半端では走り出せない…。などと、気持ちが動かない言い訳を探している。

冷静に物事を見つめられるようになったとも言えるけど、正直、あの頃の“熱い”自分が愛おしい。他人や時代を意識し過ぎて、ありのままの自分を粗末にし過ぎたと反省…。“時代遅れの女、いいじゃない!”って開き直れた方が、その後の生き方変わったかも(笑)。

先日、ミサの中での神父さまの言葉、自分に向けて投げかけられているような気がした。大事なのはバランス…
今現在、自分や家族以外の人間や社会を見つめているか…もう一度考えよう。


「自分を見つめる人がいる。自分だけを見つめる人がいる。

家族を見つめる人がいる。家族だけを見つめる人がいる。

他者を見つめる人がいる。他者だけを見つめる人がいる。

国を見つめる人がいる。国だけを見つめる人がいる。

世界を見つめる人がいる。世界だけを見つめる人がいる。

神を見つめる人がいる。神だけを見つめる人がいる。

神の中にすべてを見つめる人がいる。







高感度な霊感アンテナを持つ旦那。

先日「めちゃ、コワいものを見た!!」と言うから、今度は何かと思えば、それは死んだ人ではなく、この世にいる人間のこと。

仕事帰りの電車の中で、隣の席でひたすらカタカタとパソコンに向かってタイプする女性の姿…。“電車の中でも仕事なんて大変だな…”と思ったのも束の間、見るつもりもなく偶然目に飛び込んで来たものは、画面一杯にタイプされた「絶対に許さない!」という文字…!! 
それもひたすら打ち続け、やめる気配なし…。
それを見た旦那は、女性の凄まじい怨念を感じ、とても恐ろしくなったという話。
(私はホラー映画「シャイニング」でジャックがひたすらタイプを打つ姿が頭に浮かんでしまった…(;´▽`A``)

人への“憎しみや怒り、嫉妬…”
そういったマイナスの感情や思念というのは、“人を呪わば穴二つ”と言うけれど、自分に向けて呪っているのと同じ。
源氏物語や陰陽師でも、自ら発する邪気によって“鬼”になった女性たちが描かれているけど、一番悲しいのは、自分が鬼になっていることに気がつかないことかもしれない。

自らの思念で幸せを遠ざけてしまい、さらに不幸な現実を引き寄せるという悪循環に陥ってしまう。どこかでマイナスの思念を断ち切らないと、良い運気も幸せも引き込めない (-"-;A 
それどころか、動物霊や低級霊を引き寄せてしまうらしい(こういう感情を好む霊がいる…)
言霊についても同じ。自分から出た言葉をまず一番近くで最初に聞くのは自分の耳だから、人を蔑む言葉を吐けば、自分に対して言っているのと同じこと。

もちろん、誰だって日々の生活の中で何かに対して怒りや嫌悪感を抱くことはたくさんあるし、人間らしい感情のひとつだとも思う。

ただ大事なのは、怒るときは思いきり怒ったり泣いたりして感情を発散して、出来るだけ早くマイナスの感情を手放すこと。
抱え込んで相手に向けるようなことをすると、さらに倍になって自分に返ってくると思ったほうがいい。
呪い返しに合わないように気をつけよう








先日書いたブログの思わぬ反響…(笑)。
男の子の母として、とても参考になりました。感謝♡
以前のブログの中でも「旧姓と結婚姓の使い分け」について書きましたが、女性は呼び方(呼び名)ひとつで自分や相手に対する意識って違うし、心の距離感も変わるものなんですよね。
相手に見せる顔も無意識に変わってくるから不思議…(って、これはワタシだけ…?!)



子どもの成長は本当に早い…。
思春期の息子は口数も減り、何か要求する時だけ母に愛嬌を振りまく。

いつからか息子のワタシへの呼び方も「ママ」から「お母ちゃん」、そして気づけば「Suサン」と呼ぶようになっていた。

しかし、ワタシは相変わらずそんな息子を前に、自分のことを「ママが…」と言っているしさすがに、そろそろワタシも息子に対して“ママ”と言う言葉を使うことを卒業しなければ…。

でも、自分のことを何て呼ぶ?
今さら自分のこと「お母さんが…」というのもなんだか違和感あるんだけど…。
ここは“ワタシ”に回帰しようかな。