適応外処方に対する司法の判断の考察。

適応外処方とは(ウィキペディアより)
適応外処方(てきおうがいしょほう)とは、広義には医薬品を承認内容に含まれない目的で使用すること。原則として自由診療扱いとなり保険診療とは併用できないが、例外的に保険適用されるものや保険診療と併用できるものがある。広義の適応外処方のうち、「55年通知」により保険適用されるものを狭義の適応外処方と言う。

以下引用

適応外処方に対する判例

京都地裁平成19年10月23日判決
被告病院(大学病院)において気管支喘息に対する入院治療を受けていた患者(当時60歳)が死亡 したことについて、患者の夫と娘が、被告病院の医師には、主に喘息治療薬として厚生大臣(現厚生労働大臣) の承認を受けておらず、喘息の治療薬として有用性のない免疫抑制剤を投与した過失があるなどと主張して、 損害賠償を求めた事案。

判決:
医師の説明義務違反を認める

1・本件免疫抑制剤投与の違法性

(1)喘息治療にメソトレキセート、エンドキサンの使用は許されるか
 メトトレキサート(一般名)は免疫抑制作用等を有する薬剤(葉酸代謝拮抗薬)であり、抗がん剤、免疫抑制剤 (販売名:メソトレキセート)、リウマチ治療薬として適応承認を受けている。他方シクロホスファミド(一般名 )も免疫抑制作用を有する薬剤(アルキル化薬)であり、抗がん剤、免疫抑制剤(販売名:エンドキサン)として 適応承認を受けている。メソトレキセートとエンドキサンの代表的な副作用は、汎血球減少、骨髄抑制などである。
 判決は、両剤が喘息治療薬として適応承認を受けたことがなく、免疫抑制剤の使用は、喘息に対する標準的、 一般的な治療法として確立したものでもないとした。そのうえで、(a)ガイドラインでは、難治性喘息に対する 治療法として、免疫抑制剤の併用を考慮する場合があるとされていること、(b)平成12年当時、メソトレキ セートを喘息治療に用いることの有効性を示す研究結果が複数報告され、ステロイド薬の効果が不十分な場合 (ステロイド抵抗性喘息例)などの限定された条件のもと、臨床で試みるよう提唱する論文も発表されていた ことを認定した。
 そして、本件患者がステロイド抵抗性の重症喘息で症状悪化傾向にあり、大量のステロイド薬を投与しても 制御が困難な状態であったために、(b)に挙げられているステロイド抵抗性喘息例に該当し、メソトレキセート の使用がただちに違法であるとは言えないとした。
 エンドキサンについては、平成12年当時、アレルギー性肉芽腫性血管炎、ウェゲナー肉芽腫症等保険適用外の 疾患を含むさまざまな疾患の治療に用いられていたことから、そこで確認されている効果と同一の効果を期待 して使用を試みることやメソトレキセートとの併用を試みることも、ただちに違法であるとは言えないとした。

(2)メソトレキセート、エンドキサンを喘息治療に使用する際の前提要件
 判決は、「免疫抑制剤が喘息治療薬として適用承認を受けたことはなく、免疫抑制剤の使用が喘息に対する 標準的、一般的な治療法として確立したものではないことに加え、免疫抑制剤には重大な副作用が認められる ことからすれば、免疫抑制剤を使用した治療方法を選択するにあたっては、医師は、患者(患者が説明を理解 できない場合には、患者に代わるべき親族)に対し、[1]当該治療方法の具体的内容、[2]当該治療方法が その時点でどの程度の有効性を有するとされているか、[3]想定される副作用の内容、程度及びその可能性、 [4]当該治療方法を選択した場合と選択しなかった場合とにおける予後の見込み等について、説明を受ける者 の理解力に応じて具体的に説明し、その同意を得たうえで実施しなければならず、このような説明と同意を 欠いた場合には、たとえ当該治療方法がその時点における選択肢として最善のものであったとしても当該治療 方法を実施したこと自体が違法であるとの評価を受けるものと解するのが相当である」とした。

(3)本件
 判決は、本件免疫抑制剤投与は、以下の理由で具体的説明とそれにもとづく同意という前提要件を満たして いるとは言えないから、違法との評価を免れないとした。
 まずメソトレキセートの投与開始前の説明状況について、担当医は夫に対し、同時点での患者に対する治療 内容を説明したうえで、(i)患者の喘息は、ステロイド抵抗性でコントロール不良な重症喘息であり、喘息 による死亡の危険もあり、万が一の場合は、人工呼吸管理となること、(ii)メソトレキセートを使用し た免疫抑制療法を実施すること、(iii)同療法の有効率は50%であることを説明し同剤を使用する同意を 得たが、患者に対しては説明しなかったと認定した。
 なお夫は被告大学を卒業した医師で、診療所を開設し数十年にわたり内科、小児科及び呼吸器科の診療を 行った後、呼吸器科の医師として複数の病院に勤務するなど、本件事故の4年ほど前まで喘息患者の治療に あたっていたことから、患者の治療方針について頻繁に意見や希望を述べていた。
 そして、患者について、判決はメソトレキセート投与開始当時、医師の説明を理解する能力をまったく欠いて いたとまでは認められないから、説明、同意が必要であったとした。
 夫については、仮に患者が医師である夫に治療方法を一任していたとしても、夫の年齢及び経歴からみて 最先端の知見には通じていなかったと推認されることを考えると、免疫抑制療法の有効性に関する説明が抽象的 であるうえ、50%という数値にも合理的な裏づけが認められない、エンドキサンの併用について説明をして いないなど、説明内容が不十分であったとした。
 以上より、本件免疫抑制剤の投与は、説明、同意という前提要件を満たしていないから、違法であると判断した 。

2・因果関係

 患者は、なんらかの感染症に罹患していたところ、免疫抑制剤の投与により感染症の症状が悪化し、敗血症 を来して死亡するにいたったとして違法行為たる本件免疫抑制剤の投与と患者の死亡との間の因果関係を認め、 損害賠償を命じた。


この判決に対する弁護士の解説(医療問題弁護団のHPより)
(1)投薬上の注意義務
 医師が投薬する際の注意義務について、最高裁は医薬品の添付文書(能書)に「記載された使用上の注意事項 に従わず、それによって医療事故が発生した場合には、これに従わなかったことにつき特段の合理的理由がない 限り、当該医師の過失が推定される」としています(最高裁平成8年1月23日判決、平成4年(オ)第251号損害 賠償請求事件、判例時報1571号57頁)。
 本判例は、医薬品の添付文書に記載された使用上の注意事項は医師の注意義務のひとつの基準であって、 原則として遵守しなければならないが、必ずしも絶対ではなく注意事項に反する措置をとった場合には、その 合理性を医師側が明らかにする必要があることを示したものと思われます。

(2)適応外使用の場合
 添付文書に記載されていない効能、効果を期待して薬剤を使用する場合を適応外使用と言います。医薬品は、 厚生労働大臣の審査や承認を受ける過程において安全性(危険性)が臨床試験で確認されますが、適応外使用 はその検証、確認がなされません。したがって、適応外使用は適応内の場合より相当慎重に行わなければなりません。
 では、具体的診療の場面で医師は適応外使用に際してどのような点に配慮する必要があるのでしょうか。
 本件裁判例は、適応外使用にあたって必要とされる説明と同意の具体的内容について、ひとつの基準を示した ものとして注目されます。
 まず、判決は適応外使用であること自体からただちに違法とはしていません。当時、喘息治療における免疫 抑制剤の使用は、標準的、一般的な治療法として確立してはいなかったものの、ガイドラインにおいて選択肢 として挙げられ、有効性を示す研究報告も複数あったため、使用につき一定の合理性はあると評価したものと 思われます。
 そのうえで、説明を受ける者の理解力に応じて具体的に説明し、その同意を得る必要があるとして説明すべき 内容を例示(前記[1]~[4])しています。本件事案では、医師という夫の経歴との関係で有効性の説明 ([2])が詳しく検討されています。
 医療行為は、少なからず患者の生命、身体、健康に対する侵害(医学的侵襲)をともなうものですから、患者 の同意がなければ、原則として違法と評価されます。本判決は、このような原則的な考え方にもとづいている ものと思われます。そのうえで、判決は適応外使用の場合に必要とされる患者の同意と、前提となる医師の 説明内容について判断を示したのです。
 前記のとおり、適応外使用は安全性が十分には確認されていないため説明の際も慎重に行う必要があります が、本判決は4つの要素(前記[1]~[4])を挙げて説明すべき内容を示しており、医療現場においても参考 になると思われます。そして、適応外使用の場合には、当然ながら使用目的に対応する添付文書が存在しないため、説明にあたっては医師が自ら用法、用量、有効性、副作用等について調査、研究しなければならないことになります。

引用以上。

この事例を精神科治療に於ける適応外処方に当て嵌めてみよう。

私が問題にしたいのは、抗うつ剤と抗精神病薬の併用療法。
うつ病に対する抗精神病薬の処方である。

まず、この引用事案は、ぜんそく治療に於ける適応外処方についての判例である。
精神科では、まず、診断そのものがそもそも曖昧である。
うつ病ではなくて、躁うつ病だった、統合失調症の陰性症状だった、いや気分障害だった。などと病名がつけ放題である。
しかし、実際、医師はこれらの診断が出来るというのは治療の大前提である。
精神疾患は難しいから精神科治療には厳密に診断は出来ないなどという、本末転倒な言い訳が飛び出すことがあるが、もちろん論外である。
法的にも、診断の無い投薬などあり得ない。
そこで、子狡い医師は、適応診断名を薬に合わせて書く。
だから、精神科のカルテには、知らないうちに色んな病名が書かれるのである。

ある事例では、うつ病の診断で、
抗うつ剤SSRIデプロメールと非定型抗精神病薬ジプレキサが処方されている。
息子さんが自死に至っている。

関連する事実を挙げておくと

統合失調症薬のジプレキサは、最近、‘双極性障害’のうつ症状の適応が認められている。
デプロメールとジプレキサの併用は、医薬品添付文書上で互いに併用注意とされている。
(デプロメールがジプレキサの代謝酵素CYP1A2の強力な阻害薬だからだ。)
抗うつ剤と抗精神病薬の併用は、‘難治性うつ’の治療として学会雑誌などでいくつかの論文がある。しかしながらこれは適応外処方である。
治療に於いて、本人、及び家族は‘うつ病’との診断しか受けていない。
カルテ上のジプレキサを処方する際の医師のコメントは、
「念のためジプレキサを処方しておきましょう。」である。

そもそも、カルテからは、デプロメールとジプレキサを‘難治性うつ’または‘双極性障害の大うつ病エピソード’と診断した形跡はない。念のためとは、自殺止めにという事で処方したと想像する方が自然である。自殺止めにジプレキサなんて適応はもちろんない。

先の判決では、適応外処方については、その治療そのものが一般的な治療法として確立しているかの判断が下され、一般的な治療として確立していない場合はその実施に当たっては、以下の4つの要件を満たし上で、本人または家族に対して説明義務があるとしている。

これに沿って、検討してみたい。

まず問題となるのは、
デプロメールとジプレキサの併用療法が、うつ病の一般的な治療として確立しているか?
ということである。
医薬品添付文書は、ジプレキサのうつ病への適応はない。
日本うつ病学会には、双極性障害の治療ガイドラインはあるが、うつ病治療のガイドラインはない。現在、気分障害のガイドラインが作成されたが、一般には公開されていない。
その当時には作成されていないので、学会としてのうつ病治療ガイドラインなるものは正式には公開されていない。

カルテ上の医師の診断は、うつ病である。
双極性障害でもなければ、難治性うつであるという記載もない。

[1] 当該治療方法の具体的内容、
患者が、難治性うつであることも、双極性障害であるという診断も説明もない。ジプレキサが何のために投与されるかという説明もされていない。
[2] 当該治療方法が その時点でどの程度の有効性を有するとされているか、
双極性障害との診断は無いので、そもそも無効であるが、それを百歩譲ったとしても、日本うつ病学会の‘双極性障害における治療ガイドライン’には次のような記述がある。ジプレキサは、躁うつ病における大うつ病エピソードにおける第一選択肢として推奨されている。そこにはOFC(プロザックとジプレキサの合剤)の効果が高いことが記述されている。OFCは本邦未発売であり、当然、日本での治験は行われていない。さらにプロザックとジプレキサは、薬物相互作用のない組み合わせである。ルボックスとジプレキサの組み合わせは、薬物相互作用中でももっとも注意すべき相互作用のある組み合わせである。FDAの医薬品添付文書を見ると、単剤や薬剤の変更など、いくつかの治療で効果が出なかった場合の最終の選択肢としての使用に限定されている。
[3] 想定される副作用の内容、程度及びその可能性、
説明はない。
[4] 当該治療方法を選択した場合と選択しなかった場合とにおける予後の見込み等、
説明はない。

これらについて説明を受ける者の理解力に応じて具体的に説明し、その同意を得ること。このような説明と同意を欠いた場合には、たとえ当該治療方法がその時点における選択肢として最善のものであったとしても当該治療方法を実施したこと自体が違法である。

法的には、確実に違法である。