理由に納得すると腑におちる。

腑に落ちると何故かすっきりとする。


人間というのは、納得も出来ないまま、他者に強いられることに耐えられない様にできているのだと思う。

ただ、ルールを守れと言われても、腑に落ちないかぎり、そのルールは嫌々守る物になる。


最近の私のすっきりとした気分は、この数年間、私を支配してきた精神医療への疑問が解けたからである。

言い換えれば、疑問に対する腑におちる確信を得たのです。


当初の疑問


・精神科医は心の専門家か?

・精神医療に正しい診断はあるのか?

・多剤大量処方は、正しい処方か?

・うつは、脳の病気か?

・うつと憂鬱の違いはなにか?

・処方薬の薬物依存は、誰の責任か?


これらの疑問に対して、私は腑に落ちる答えを見つけました。

YES、NOの答えではありません。


やみくもに議論しても無駄です。


いつも言っているように、物事には表と裏があるからです。

誰かにとって良いことでも、他者にとっては悪いことであるからです。

物事の善悪は、社会のルール(広義の規律も含む)に照らし合わさて考えねば答えは出ません。


答えは、

確信に至る経緯は、MRICに掲載されている私の手記と過去記事を参照してください。


手記に書ききれなかったことの補足だけ書きます。


・なぜ多剤大量処方などやるのだろうか?


ネット上の意見や論文を読み漁りましたが、多剤大量処方が良くないというコンセンサスはどうやらできあがりつつあるようです。

医師からの反論さえありません。

逆に、言い訳のような文章しか出てきません。

(それがまた、私に確信を持たせるのです。)


ある精神科医のブログで、多剤大量処方は、『かつての精神病院の勤務医の悪い慣習』だという意見を読みました。

今までの世の偉い精神科医の説明は、「そうなる場合もある。」とか「医師のやってることなのだから信用しろ。」しかありませんでした。これでは、腑に落ちません。


(勝手に引用させてもらいます。ごめんなさい。)

何十年も精神病院に閉じ込められた患者には抗う力はあまり残っていない。
心療内科クリニックにくるフレッシュな患者は治る力も強いが苦しむ力も強い。苦しみの原因(トラウマ)を問わず、苦しみをただ薬だけでねじ伏せようとした結果、精神科病院の患者よりも多剤大量処方になったのだ。


これは、腑に落ちます。

理由の全てでは、ないにせよ。

事実、私の妻の主治医もそうであるし、ラボナやべゲタミンを使うことの理由としても成り立ちます。


そこから、推測できるのは、外来患者経験のない精神科医が、精神医療ブームにのって大量に街角に溢れ、欧米型型のスマートなクリニック経営に憧れ、勉強不足のまま外来患者に対処したということです。


(S先生、先生にはテレパシーがあるんじゃないかと思いますよ。疑問が浮かんだそばから回答頂いてます。

行間が伝わるというか、なんともはや不思議です。)