贖罪を求め続けた5年。
その終わりが近づいている。
なんだか、答えを見つけつつある。
亡き妻の問題と裁判、それにまつわる様々な精神医療の問題点もはっきりと世間に認められ始めた。
この流れは、暫く止められないでしょう。
裁判は、始まったばかりだが、僕の中では、もうほぼ終わっている。
あとは、自分で決める事ではない。
疑問はもう殆ど残っていない。
自分の罪、裁判相手の罪、それを取り巻く社会そのものの罪。
僕の中では、殆ど決着がついた。
この決着方法は、他の被害者家族に通用するのかどうかわからない。
もし、求められれば説明もするが。
この先、この問題で、僕の出番があるのかどうかは、もはや、僕の決める事ではない。
求められれば、その役割を果たすのみである。
もう、迷いはない。
この夏が終わる頃には、僕には新しい課題が与えられているはずだ。
なぜそんなことがわかるのか?
それが、分かるのだよ。
僕の周りに起きる様々な出来事、登場人物。その発現のタイミングや流れがそれを教えてくれるのだ。
今までのピンチの時もいつもそうだった。
時がくれば、僕にとっての重要人物が動き始める。
偶然ではない。そうなっているのだ。
その人達が、僕に運を運んで来てくれる。
天は、もう一度、僕に、チャンスをくれると思う。
この激動の時代にもう一度チャンスを貰えるなら、僕は幸せものだと思う。
新しい役割を下さい。