大きく社会が変わるとき。
国家が自分を守ってくれるか?
答えはわからない。
だから、常にそれを考えておく必要がある。
何度も言うが、組織には、心は無い。
信用に値するのは人であって組織ではない。
この国は、国の保護に元で生活している者が多すぎる。
地方経済は、国の予算頼みだし、年金生活者は寝て暮らせるのが当たり前と思っている。
そんな恵まれた国は、世界に数えるほどしかない。
派遣労働者の件で大騒ぎしているが、国の庇護のもとに暮らしている人にも、ひたひたと危機が近づいていることに気づいていない。
金が回らなくなれば、当然崩壊するし、そのうちその不公平は是正される。
オバマは、貧乏人が選んだ政権だ。アメリカの変化は数年で日本に伝播する。
この間、テレビで、学力低下に悩む中学校の話をしていた。
ある校長が来てから、その中学校は劇的に学力が向上した。
その中学校は足立区にある。
東京23区の中でも、世帯当たりの所得が低く、学校も荒れがちな場所にある。
まず、その中学でやったのは、放課後の補習である。
先生が交代でその補習にあたったため、その中学の先生は、その専門に関わらずすべての教科を教えることになった。
先生もわからないことは、生徒と一緒になって調べる羽目になった。
実は、これがほんとの学びだ。
この学校がさらに秀逸だったのは、校長自ら交渉に乗り出し、近所の進学校の高校の生徒をその補習の先生として迎えたのだ。
高校生が中学生を教える。
これは、良いことだらけだ。
家庭教師のバイトをしたことがある人なら、必ず経験があるはずだが、人に教えて一番成長するのは、教えた本人だ。中学生も歳の近い高校生の言うことのほ方が素直に聞ける。
かくして、この中学の学力は、全国でもトップクラスとなった。
このエピソードには、少子化とか、高齢化社会を乗り切る知恵が隠されている。
元気な高齢者は、仕事をすればよい。
暇な主婦も、仕事をすればよい。
仕事というと何か義務とか考えがちだが、わずかな報酬で喜んでやる人は沢山いる。
仕事としてではなく、無理のない余暇の使い方として、システムとして社会貢献かつ社会参加できるシステムを作ればよいのだ。
アイデアはいくらでもあるが、どうも最近の政治の動きは、期待通りに動いていない。
結局この場に及んでもアメリカの外圧が必要なのだろうか。
先にやれば、日本の勝ちなのだ。
なぜやらない。
気が急く。
今までの不況と今回の不況で確実に違うものがある。
肌身で感じる変化の方が、マスコミの情報より先にいっているのだ。
政治家はそれより遥かに遅れている。
変わらねば、この激動は乗り切れない。
変わるまで、何とか生き延びねばならない。
合言葉は生き残りだ。