(長いので携帯で読むのはお奨め致しません。)



人は、知らないものを恐れる。


未知の物を恐れるのが、人間の本能だ。

異物を排除しようとするのも、異物が得体の知れない何かわからないからだ。

暗闇で、うごめく動物に気付いた時、その正体が判らないうちは恐ろしい。

実はそれが、ただの黒猫かもしれないのに。


知るためには、それを五感で感じなければならない。

だから、知るためには勇気が必要なのだ。




僕が嫌いなのは、情報(経験)不足を自分に都合のよい情報で補って、他人に強要することだ。

そういう、自分に都合のよい情報の前には、「普通は」とか「常識では」といった修飾詞がつく。



サラリーマン時代の僕は、まさに忠誠心の高い社員だった。

その会社そのものに、プライドを感じ、忠誠を誓って働いていた。

課よりも部、部よりも会社の利益を考えて仕事をした。


ところが、会社の利益と課の利益は、必ずしも一致しない。

もっと言えば、会社の利益は、個人の利益と一致しない。


僕はジレンマにさいなまれた。


家庭を第一に考えるものは、明らかに僕より仕事をしなかった。

僕は、不公平を訴えた。

待遇の是正をしない会社を恨んだりした。


家庭の幸せは諸悪の根源なる言葉まで編み出したりした。


会社を恨んでも仕方が無い。で具体策として直属の上司を突き上げることにした。

でも、結局なにも変わらなかった。上司を突き上げた自分を恥じた。

僕も上司も家庭第一の働かない社員も、タダの一般社員だった。


僕は、何も知らなかったのだ。情報不足かつ経験不足。



会社の利益と自分の利益を一致させる方法こそが、起業だった。


しかし、それはホントに甘かった。

今度の相手は、社会そのものだ。

さらに、大きな悩みに直面することになる。


自分の利益と会社の利益は一致したが、今度は会社の利益と社会の利益が一致しないのだ。

これを一致させるには、総理大臣にでもなるしかない。

会社を恨んだときには、愚痴を聞いてくれる同僚がいたが、今度は誰も聞いてくれない。


一番困ったのは、情報(経験)不足だ。


400万くらいある会社の何の利権もない名も無い社長なのだ。

此処から、社長の孤独な戦いが始まるのだ。突き上げる上司もいない。


銀行、税務署、社会保険庁、etc


僕は、総務系の仕事は全て自分でやっている。

性格的に、先生と名のつく仕事を信用できないからだ。


(皆は、会社を作ったら、そうした先生(税理士、司法書士)を雇うのが当たり前と思っている。

そもそも先生という資格は、国から与えられたものだ。

いざとなれば、こちらの味方ではない。

あくまでも補助的に使うものだ。いうこと聞いていたら、即座に会社潰れる。

彼らは、黒字の企業にしか興味はない。

彼らを使う前に、一度自分でやってみることをお奨めする。

彼らの専任事項はそれ程無い。)


自分でやって、困って困って、知ることがある。

誰も教えてくれないこと。

知らなければ損をすること。


有用な情報は、利権という金のなる木に形を変える。

そして、ホントに有用なものは誰も教えてくれない。

(お役所仕事が良い例で、物凄く色んな制度があるが、聞くまでなにも教えてくれない。)


へとへとマークの証券会社のアナリストが優秀なのは、彼らが明らかに情報をもっているからだ。

上場会社の経営者と直接会いインタビューをし、本人の顔色まで知る事ができるのだ。

家庭の主婦がかなうわけが無い。儲かったのはたまたまだ。


社会と自分との間に、色んなものが入っていればいるほど、色んなことが判らなくなる。

(洗脳の第一歩は、情報の遮断、次に考える暇を与えないことだ。)

忙しいサラリーマンには、圧倒的に情報が足りない。


だから、会社勤めの人は、会社の他に何かのコミュニティに参加することを強くお奨めする。

自分の常識が通用しない世界は幾らでもある。

そこから、有用な情報がぽろっと出てきたりする。

知ることの不幸もあるが、知らないと確実に損をする。



家庭の主婦も、もっと積極的にいろんなコミュニティに参加すると良いと思う。

同じ様な境遇の奥様の集まりじゃダメで、できれば異文化コミュニティが良い。

ダンスでも、音楽でも何でも良いが、いろんな人種が居れば居るほど良い。

テレビと新聞と家庭と近所付き合いだけでは、間違いなく、情報不足だ。

隣の奥さんの情報は、自分に都合のよいものしか発せられない。

(もしかしたら、月10万円を超える子供の習い事代が節約できるかもしれない。

現実に、塾に行かないで、有名大学に合格する子供は現実にいる。)



利権を持つ金持ちの世界は、一見、幸せそうに見えるが、実は、そうでもない。

最初に、情報を得たものは、利権を上手く利用できるが、2代目、3代目が、利権を上手く利用できるとは限らない。実はケチだから金持ちだったり、金の掛からない遊びを知らなかったりする。

利権を守るのに汲々とするのだ。

金持ちの世界だけに生きる人も又、情報不足に陥る。


人と直接触れ合って、初めて判ることがある。

貧乏人が、金持ちを知って、自分の幸せを知ることもある。


金持ちの不幸をしれば、やっかみも、随分解消される。

芸能人には、有名税が掛かる。ちっとも良くない。

金持ちも貧乏人も、結局、どっちもどっちだ。


僕には、極端な貧乏と極端な金持ちは、どちらも不幸に見える。




情報格差こそ格差社会の根源とはよく言ったものだ。


自律心を持って生きていけるのが、一番幸せだと僕は思う。

人に指図されず、人の価値観に惑わされず。

情報不足では、何も判断できない。


この日本では、情報を知る権利は、憲法で保証されているのだ。

(芸能人のプライベート情報じゃないよ。)

そのことすら、誰も実感として感じていないし、知ろうともしてない。


自ら踏み込んで行けば、大抵の情報は得られる。

それでも隠蔽するなら、裁判でもやればよいのだ。

数万円で、裁判はやれる。

(裁判するのに弁護士は、必ずしも必要ない。)


与えられた情報を鵜呑みにせず、自ら確認しなければ、利用されるばかりだ。



僕は、貧乏人の味方です。

知りえた情報を利権に変える能力も無いし、する気も無い。

聞きに来てくれれば、僕の知ってることであれば、何でも教えます。


それを実践するもしないも自由。


ブログに書こうと思うが、危なすぎて書けん。

聞きに来てくれたら、そっと耳打ちいたします。

(女子の耳は噛むが。)