入院中の僕は、とても大人しくて素直な患者だった。
根っからの病院/医者嫌いだが、そこにズルさやいい加減さを感じなければ、素直に従う。
なにより、そこには、邪な匂いのかけらもなかった。
疑わねばならない理由が無かった。
女医はその素直さが不思議だったようだ。
物分りが良すぎたというのだ。
そしてこの人は、退院すればもう病院に来なくなると思っていたのだそうだ。
それって、実は当たり。なかなかの洞察力だ。
言っても無駄と思った場合には、僕はひたすら黙る。
早くそこから抜け出すために、その場は出来るだけ良い子でいる。
子供の頃から身についている処世術だ。
あんた話聞いてるの?
母親に散々聞かされた言葉。
そう、本当は、聞いちゃいない。
ただ、その場をやり過ごすために聞いてるふりをしているだけ。
真面目に議論したら喧嘩になる。
そう思えばもう黙るしかない。
黙っていると相手はさらに逆上してくる。
そうなったら僕は石になる。
石に怒鳴っても、何も反応がないから、そのうち相手は諦める。
この作戦は中途半端にしてはならない。
少しでも話を聞いてしまうとさらに多くの時間を無駄にしてしまう。
苦情のデフレスパイラルに巻き込まれる。
女医には、その辺を見透かされていたのだ。
沢山の患者を診てきて、その辺の感覚が磨かれたのだろう。
実はこの作戦は今でもあらゆる局面で使っている。
借金取りへの対処では、これに勝るものはない。
だが、別の病院の看護士の女性にこう言われた。
良かったね女医さんで!!
そうじゃ無きゃ外来行かなかったでしょ。
だと。
うーん。やっぱり見透かされてる。
恐るべし、病院関係者。