共働きの娘夫婦の手伝いという理由をつけながら、実のところは孫に会いたくて、週に一度ほど大府の学童へ迎えに行っている。その日は地下鉄ではなく自家用車で会社へ行き、就業時間とともに名古屋市中区から国道19号を南下する。
古渡町から金山、西高倉を抜け、熱田神宮西の交差点へ。信号の巡り合わせなのか、ここで止まることが多い。しかも不思議と先頭か、せいぜい2、3台目だ。この交差点は、熱田神宮の長方形の敷地の北西の角にあたり、道を挟んで神宮の森の木々が大きく枝を広げている。ここで眺める景色が、私の楽しみの一つになっている。
あれはエアコンをつけず、窓を開けるだけで気持ちのよい風が入ってきた、五月のことだったと思う。19号も車が少なく、流れは穏やかだった。窓から入る風を感じながら走り、交差点の先頭で止まる。風は止み、空気は静かになる。それでも、つい先ほどまでの風の感覚が身体に残っていた。
ふと信号の先を見ると、神宮の木々が目に入った。その枝が、大きく動いている。風に押されて一方向に揺れているのではない。まるで舞う風の中で、踊るように動いている。ところが、窓から出した腕には、風を感じない。戸惑いながら見つめているうちに信号が青に変わり、出遅れた私は後ろからの圧を感じながら車を発進させた。
19号は神宮の西側に沿って約1キロ続く。先ほどの揺れが気になり、横目で木々を追いながら走った。しかし目に入る木々は静かで、風の気配もない。さきほどのあの揺れは、かなり強い風のはずだった。引き返して確かめようかとも思ったが、そのまま大府へ向かった。
その印象は強く残り、翌週も同じ道を走るとき、またあの場所で止まれたらと思った。遠くに見える信号は青だったが、近づくにつれて赤へと変わり、結果的に三台目で止まることになった。そのときにはもう、視線は信号の向こうの木々に向いていた。やはり揺れている。前回ほどではないが、強めの風に枝が大きく動いている。よく見ると、北西の角のあたりの枝だけが大きく揺れ、少し離れた木は葉が揺れる程度だ。明らかに風の通り方が違っている。
窓を開けても、道路には特に風は感じない。それでも、信号が変わるまでの短い時間、そこだけは風が通り抜けているように見えた。
「風の通り道なのかな」
そうつぶやいた瞬間、後ろのクラクションに慌てて車を動かした。
本来なら不思議に思うはずの出来事なのに、そのときの私は「見つけた」という気持ちで満たされていた。熱田神宮の神様が、名古屋の北へ抜けていく出口がここにあって、「いってらっしゃい」と見送れたような、そんな気さえした。
「土曜日に、ゆっくり見てみよう」
そう決めた。時間はいつがいいだろう。朝はどうか、やはり夕方がいいのか。そんなことを考えながら、大府へ向かった。
続きは、土曜日の楽しみにとっておこう。
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