PCの写真の整理をしていたら、五山の送り火の大文字が出てきました。前にも記録してますが、改めてその時の気持ちを思い出して書いてみました。忘備録として
娘の大学が京都に決まり、私も妻も家から出てほかの場所で一人暮らしの経験もなく、下宿を探すのも3月10日過ぎの合格発表を見てから大学生協などを通じて探し始め、「女の子だからセキュリティーが・・」「コンロはやはり2はじめて口必要」「周りの環境も必要」「新しいのがいい」「マンションの住人の心配がないといい」等でやっと見つかったマンションは哲学の道近くの築5年目のマンションで、ちょうど最初の入居の学生が卒業と入れ替わりに入ることができました。種々の条件に見合った分家賃は高めの8万円で京都ではその当時当たり前の更新料も2か月分で年間14か月分でした。高いとは思いましたが泊りに行く僕たちにとっても便利であり、子供の宿プラス僕たちの京都での別邸と考えて通うようになりました。
1年生の時のお盆休みに娘は「お盆には帰れない」との娘の言葉に「いかなきゃ」との妻の言葉で「お盆渋滞は嫌だよな・・」と思いなながら、京都に向かいました。夕方に出町柳の橋の上に人が集まっていたり、百万遍のあたりも人が多く「?」と思っていると、「送り火」の文字を見、京都放送のラジオから「五山の送り火」の話が出て、そういえば「大文字焼き」が今日なんだぐらいの認識で、この行事がどんなものかもわかっていなく、最初にマンションを案内してくれた生協のバイトの大学生が「送り火」が見えますよ。と自慢げにしゃべっていたことを思い出しました。8時ならご飯も食べ終わってあとは寝るだけだからと、送り火自体の理解をしてない状況で階段を上がっていきました。
マンションは5階建てで屋上があり、通常は上がれないようにしていますが管理会社の方も来て屋上に上がれるようにしていただけます。屋上からは大文字の「大」は本当に目の前にあります。暗い中に大きく描かれている「大」の字を目で追っていくと、顔が動いていくぐらい目の前です。見ていると動いている人影が今から始めるために、動きを止めるところから見ることができ、街の音も一緒に大文字の山を見つめるために息を止めるように静かになっています。緊張感を感じるとは思っていなかったので、戸惑いながらも見えている景色が一段とズームアップをした中に、松明にともした火を見ることができ、その火から何人もの人がそれぞれの火床に向かうのが見つめていました。一画目→二画目→三画目の順に上部から点々と火床が明るい灯りはじめ、歓声が上がり始め中に、独特な静かさがあり火はみるみると力強くなり徐々に形が整っていきます。後年TVで送り火の中継を見て知ったのですが、「大」の字がはっきりと形作られるは、着火から1分ぐらいだそうです。この1分間は不思議な時間でした。息を止めていたように思え、この行事がお盆に戻ってきたご先祖様をこちらへと案内するためのものだって改めて思うこととなりました。
「大」に見いっている中で「妙・法だ!」の声が上がりました。5分ごとに次に点火されると知ったのも当然後日ですが、集中した5分間が過ぎていたこともわからないまま、どっちかもわからない僕は、慌てて左右に首を振りながら、屋上のみんなの視線の先を追うと北側のほうに字の始まりが見え始めていました。「妙・法」は「大」の時と違い当然小さく、その分暗闇に「字」として浮かび上がり始めるのもなぜか緊張感を感じることなく見つめることができました。なぜか「きれいな字だなって」って思ったことを覚えています。右に向きを戻して「大」に目をやると、火の勢いは一段と大きくなり、暴れるように空に向かっています。こちらを見ると先ほどの緊張感がよみがえります。この差は景色としての「妙・法」と目の前の出来事との違いなんでしょうか、不思議です。
あっという間の5分が過ぎ、「舟」が点火されたようです。これも一緒に見ていた人の声で気づいたわけですが、舟は建物が一部をふさいでいるので全部を見ることができませんでしたが、こちらも当然形はしっかりわかります。このぐらいの時にやっと余裕ができてきて、屋上に上がっている人たちを見てみると、僕たちと同じような両親を連れた住人の大学生が3組。友達と連れ立ってビール片手の大学生。「どうぞ見てください」と教えてくれたマンションの管理会社の人と従業員が7~8名ぐらいです
その中で手を合わせて見える方の姿がありました。初めてで何も知らない僕たちとは違って、手を合わせて見送ることを毎年行っているのでしょうね。日々の中に祈りがある京都なんでしょうね。
そろそろ次はと見まわしていると、「左大文字」「鳥居」は見えませんよ」って管理会社の人が教えてくれました。「吉田山の向こう側になりますので、」と続いて「どうですか?」と聞かれ、お礼共に緊張と緩和の時間であり、送り火の景色でも「大」と「妙法」「舟」との印象の違いをお伝えすると、「今日帰られたご先祖様の中に、ご主人の知った方がいたのかもしれませんね」と言われました。
強かった「大」に火も小さくなってきています。火床によってはこの近い距離でも火が上がることがない「赤い点」として消えて行こうとしています。寂しい感じもありながら、気が付くと手を合わせてみていました。宗教には縁がありませんが、火・山・空気に感謝し、どこかで縁のあるご先祖様がちゃんと帰ってくださいと思えたいい時間でした。
PS
これも後日にわかったのですが、夏の特別行事である五山の送り火は、観光客も多く大変です。大文字は本当に目の前、妙・法 舟もしっかり、三か所も見ることができるところを街中で探そうとすると、船岡山・鴨川・高野川などでいっぱいの人と場所撮りで早くから準備が必要、ほかは高級ホテル・市内の高層階のレストランで高い特別料金を払っての観覧となります。
これは京都でも特別な場所で、直前まで部屋でのんびりし、圧巻の目の前での景色等、このマンションで見えるのも娘の在学中4年のみです。当然4年とも見ることができました。
次年次以降も「緊張と緩和」を感じながらも、いい時間を、いい感覚を過ごすことができました。感謝。
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