中庸
何も極端でないこと。
たとえ相手に不正を受け、
激怒するに値すると思っても
がまんしたほうがよいときは
がまんすること。
(中略)
衝突やぶつかり合いは当然生まれる。
人は、自分が一番だからである。
他方で、
一人の力では物事は、
決してうまくいくものではない。
必ず他人の力が要る。
そのための心得として、
「中庸」が求められる。
(中略)
気に入らない事、
癪に障る事、
憤慨すべき事は、
塵芥の如く沢山あります。
それを清める事は
人間の力ではできません。
それと戦うよりも
それをゆるす事が
人間として立派なものならば、
出来るだけそちらの方の修養を
お互いにしたいと思いますが
どうでしょう
人生を幸せへと導く13の習慣 (単行本) ベンジャミン フランクリン(著)P.58、P.59より一部抜粋
ハートフルフィーリングマイラブ☆237☆
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「中庸」という言葉を辞書で調べると、考え方・行動などが一つの立場に偏らず中正であること。過不足がなく、極端に走らないこと。また、そのさま。古来、洋の東西を問わず、重要な人間の徳目の一とされた。「中道」という言葉にも置き換えられる言葉です。この前の記事で、Leafさんから、「中道?」というタイトルでコメントしていただきまして、自分なりに似たような内容で「中庸」ついてどこかで読んだ記憶を思いだし、紹介させていただこうと思いました。
「中庸」という考え方はイコール「ほどほど」という風にも捉えられると思いますが、何かを求めるという考え方には、何かを諦めるというものが同時に働くと思います。それができることが大切なのですが、例え、それができなくても「中庸」「ほどほど」の中でこそ生まれるものを大切にすることの意味を教えてくれている言葉だと思います。でもこれができるというのは、自分の事をある程度理解&整理できて「余裕」が生まれていないとできないように感じました。
そういう意味では原点にあるのは「自分を知る&理解」することなんだと思いました。それがチューナーの針のようにいろんなところに動いても戻ってくるようなそんな強い自分を感じる必要性を感じました。実は、先ほど読み終わったチベット永遠の書—宇宙より遥かに深く 「シャンバラ」極限の恐怖の果てに「生」の真理を見た (単行本) /テオドール イリオン(著)という本にもそのような事が載っていたんです。結構期待して読んでいたのですが、(普通ありえないような怖い話。もしかしたらホラーが好きな人には物足りないかもしれませんが)なんとか読めました。自分の知らない世界だけにとても興味深かったですけど、真理というか特に数字のもつ意味についてのところは、(僕としては)衝撃的でした。次の記事にしたいと思いました。
注)2つ目の(中略)以下の文は、この著者の言葉ではなく、夏目漱石が武者小路実篤に宛てた手紙からの引用の抜粋です。