私は、持病の手術から1週間が過ぎた。
入院前は、
会社を休むことが申し訳ないから
有休を使って2,3日で復帰するつもりだった。
だがしかし、
この手術がたまらなく痛くて術後もいまだに辛くて
考えてみたら
人生で初めての手術だったわけで
身体がこんなに痛むんだって
知らなかった。
そして、仕事を休んで13日目。
わたしは、頑張りすぎた。
人のために
要は、親のために頑張っていた、と
改めて
気づいた。
責任感も、そう
会社の仕事に対しては、懸命に役割を果たそうと
責任感の塊だった。
無駄に、責任を背負っていたと思う。
仕事をしてる私は
常にアドレナリンが出ていたと思う。
今回、入院して
血圧の高さにびっくり。
130が当たり前で
手術前は180まで上がった。
測ってないだけで、いつも高血圧だったんだと思う。
それと、毎日 整体に通わずにはいられないほどの
肩こりと腰痛があったのが
入院中から、ぴたりと和らいだ。
血圧と、身体の張りとコリは 仕事に対する 私の姿勢だと思った。
《 会社を 親にした 場合 》
・認められたい
・褒められたい
・成果を出したい
親に思われたいことを 会社に求めてるから
こんな働き方が出来るんだと思う。
親を目の前に、自己犠牲してきた私は
平気で会社を目の前に、自己犠牲してしまう。
でもね
これは、私の場合は承認欲求以前に、生存欲求だったと思う
生きてても、いいですか?と
常に自己犠牲していないと不安だった。
私は
生い立ち上、仕方なかった。
だけど
今は、こんなの無くても 生きていける。
働けない子供の時は、
生きるために親に尽くす
親のために頑張ってしまう。
親に褒められるための行動をしてしまう。
でも、もう 働けるのに その癖だけが
残ってるって辛いよ。
私は、外に対して 一生懸命になれるエネルギーを
自分に向けたいって思った、
どんなに人生変わるかなって。
人に向け過ぎた、矢印を自分に向けたら
めちゃくちゃ幸せだと思った。
何度も何度も、
この外向き意識について考えてはきたけど
身体にこれだけの痛みがきて
仕事ができないとなったとき
心底、 もう 人のために 生きない
もう、人の為に 生きれないと腹の底から湧いて来た。
女は、家の中で繁栄していける
私は、社会からの賞賛がないと生きてる心地がしなかったんだけど
家の中で、何もしなくても
自分を満たす、ことだけしていたら
安心感が湧いてきた。
家の中で 福福と 幸せでいるだけでいい。
結婚して、生活が主婦ベースになったら
社会からの賞賛が得られなくなって孤立すると思い込んでいたけど
違うな。
ひとりで家にいても、
自分を満たせるのは自分なのであって
人からの賞賛目当てに 生きないってことは
こんなに幸せなんだと思った。
人を主体にする生き方は、どこまでも自分を痛めつける
それをやめて
自分が、楽になれる 生き方を選択していい。


