最近、
「会者定離(えしゃじょうり)」
という仏教の言葉に出会いました。
「会うは別れの始め」と同じ意味の言葉です。
出会ったからには、必ず別れの時が来る
だからといって、
別れるのがつらいから
誰とも出会わないようにしようとはならないのが
この世界で人間として生きている私たちで、
会うが別れの始めなら、
別れは会うの始めでは?と考えるのが
この世界で人間として生きている私です。
会う(出会う)は、
何も人との新しい出会いだけとは限らなくて、
物、場所、チャンスなど、
いろいろな形の出会いがあると考えるのも、
この世界で人間として生きている私です。
叔母さんが夫を亡くしたばかりなのですが、
結婚した時から、いつかどちらかが先に
旅立ってしまうであろうことをわかっていても、
いざ、実際にそれが起こったら、
想像以上のつらさだったかもしれず、
夫のいない私が言うのもおこがましいのですが、
遺していく方も、遺された方も、
つらいのは同じなのではないか?と考えるのも
この世界で人間として生きている私で、
この先の叔母さんの人生に、
お孫さんたちの成長を始めとする
たくさんのうれしい出会いがあるといいなあと思うのもまた、
この世界で人間として生きている私なのでした。
(私、私、うるさいなあ)
