An eon ago9
ロストボーイ2
私の喋り方は不明瞭である。中学生のとき、自分が喋っているのを録音で聞いたことがある。レコードの回転が遅くなった時のように鈍のろく口がまともに動いていないように聞こえる。「おまえの喋り方はとろい」と言われた。口をきちんと開かないでゆっくり喋っているようだ。この頃から、普通のお喋りをすることができなくなってきた。自分の喋り方が何故このようになったのか、原因はわからない。だんだん人と話すことが苦痛になってきた。
そのうえ、大学生のときに自分が宇宙人のように醜い姿態であることを発見したのであり、自分は普通の人間ではないと思うようになった。人に笑われないように、人にできるだけ顔を合わせないように過ごさなければならない。
さて、如何に生きるべきか。時々痛切な孤独感に捉われ、完全に普通の社会人になることは諦めなければならない。社会改造のために政治活動することも自分にはふさわしくない。このようなわけで学門を捨てることにした。私は大学の事務局に退学したいと相談した。若い事務官は時々バスで顔を見る人である。事務官は大学紛争のために退学したがっていると解釈し、すぐに結論をだすのではなく、しばらく考えるように言ってくれた。自分が宇宙人のように醜いのであれば、文学のロマンティシズムなど笑止の沙汰だ。女性と付き合うことも一生あるまい。文学とはおさらばして実学を学ぶことにしよう。実学ということであれば経済学ということになる。卑怯者として、金儲けのことを考えながら生きていこう。私は転部することにした。
大学の卒業式の日、最小限の単位を取ったつもりだが、自分の卒業証書が用意されているのか確信出来なかった。教室で卒業証書が渡される時、いつまでも名前が呼ばれなかったが、卒業できようができまいが大学はもうやめだと思っていた時、最後に名前が呼ばれた。