アメリカでのお話しです。
保守の男とリベラルの女・・・綱渡りの結婚生活、という本を新聞でしりました。
解説を読んでみると
アメリカの支持政党・・・共和党であるか、民主党支持であるかはその人を判断するうえで思った以上に重要事項なのですね。
女性は若い頃より反戦、反核デモが生きがいの平和活動家、男性はガチガチの陸軍予備役兵兼警察官で戦争支持派。。。
この2人が何故か結婚してしまいました。
記事によるとアメリカ社会では私たちが思っているより、保守とリベラルの溝は深いそうです。私たちはアメリカの問題といえば黒人と白人の対立を思います。どちらかというと保守派とリベラル派が2派にわかれいがみ合う・・・こちらの問題の方が深刻である、そうです。
さてあまりにも違いすぎるこのカップルの結婚生活は、予想されていたい以上に障害が多かった。
保守派の人は一言で言うと『家父長制』社会を理想とし、秩序を重んじる。リベラルは『慈しみ合う社会』が理想。
衝突しないわけがありません。
子育て、社会生活・・全てに対立しました。不幸な結婚生活ですね。
しかし、数えきれないほどの衝突を繰り返しながら、みえてきたこと・・・それは、互いが違う眼鏡で世界を見ている・・・こと。互いに『まともな人間に変えてやる』と思いこんでいたことに気づきました。
口論の連鎖から抜け出すためにしたこと・・・たがいに反論せず、説得しないで、じっと相手の話を聞くようにつとめました。
そうして、だんだん2人はお互いに理解の道を歩み始めたのです。
結婚はよく修行の場といわれますよね。
この本はアメリカ社会の病巣についても書かれているわけですが、結婚生活に限らず、私はどんな違いがあっても、お互いを理解しよう・・・という気持ちさえあれば深いレベルでの相互理解が可能であることの証し、として捉えることができると思いました。
育った環境で体験も違います。各々の体験から培われた信念も違います。まずはその違いに気づけば理解への扉が開かれます。
この2人も互いを結びつける愛がありました。ただ、自分の世界観が唯一正しい・・・と思っていたならば、愛を育てることなく結婚生活は終わっていたでしょう。。。
人間2人いればもうそこには人間関係が生じます。理解しあえば、お互いの価値観が少しずつ変わってきます。
長い道のりであるかもしれませんが、やってみる価値はありますよね。