そのように、極パロのSP面でギャラリーを前にしてプレイするのが快感だったので、その頃はほとんどそれしかプレイしていなかったように思う。同時期に「雷電II」も発売されていたが、こちらは前作以上の難易度であり、前作すら4面ほどしか行けなかった私としてはとても歯が立たなかった。なので、まともにプレイしたのはPS版が出てからであるが、それでも3面ぐらいまでがやっとだった気がする。
そして夏休みが終わる頃、SNKからそれまでの格ゲーの総決算とも言える「ザ・キングオブファイターズ94」が発売される。餓狼や龍虎と比べると劇画調のグラフィックであり、かなり目を見張るものがあったのだが、CPUがやはり強いせいもあって私はやり込む事はなかった。そして9月、とうとうモデル2を使用したバーチャファイター2が発表される。前作よりも劇的な進化を遂げたそのグラフィックに、ゲーメストの一報を見ただけで目を丸くしたものだった。
同じ頃、ダライアス外伝なども発表されたのであるが、なんとその頃私は突如としてゲーメストを買うのをやめてしまった。それでもゲーセンに行くのを完全にやめた訳ではなかったのであるが、ゲーメストに目を通す事は皆無となった。理由としては、月2回刊になって負担が大きくなって行った事、格ゲー以降読者層が入れ替わった事もあって、ゲーメストアイランドが面白くなくなった事、などが重なったからかも知れない。
その「ダライアス外伝」は、私がゲーマーになってから初のアーケードのダライアスの新作だった。今なお名作の誉れ高い作品であるが、連射装置がないとかなり厳しいゲームであるため、普通のゲーセンでプレイするのは容易ではなかった。のち、SSにてほぼ完全移植されファンの度肝を抜いたが、前述の理由によりもっぱら私がやり込んだのはSS版以降の事だった。
そして同時期、ゲーメストから初のシューティングビデオである「極上パロディウス」が発売された。この頃のゲーメストビデオはすでに一般流通していたのだが、CD屋ではなく近所の本屋で取り寄せて買う事が出来た。内容は非常にレベルが高く、こいつによるノーミスクリアと、全キャラによるSP面クリアである。当時はまだSP面後半の渦巻き地帯での紫ベルパターン以前のものなので、スコア的には甘いのかも知れないが、久々に見るA級シューターのプレイはまさに芸術の一言だった。
そして11月、遂にバーチャファイター2がゲーセンで稼働し始める。当然、発売と同時に大ヒットを記録し、その後2年近くに渡り大ブームを巻き起こしていくのだが、実は私は見向きもしなかったのである。