初代プレイステーションを愛す・その13 | ONCE IN A LIFETIME

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フィリピン留学から人生が変わった一人の男のお話です。

1999年になってもまだまだPSは元気であり、2月にはFFVIII、そして年末にはかの「ドラゴンクエストVII」の発売も予定されているなど、その勢いに陰りは全く見られなかった。そして、「ウィザードリィ・リルガミンサーガ」に次ぐ第2弾であり、家庭用史上初の完全移植バージョンとなった待望のシナリオ4「ワードナの逆襲」と、シナリオ5の「災禍の中心」が収録された「ウィザードリィ・ニューエイジオブリルガミン」も早くも発売。

 

また、当時はすでに過去の名作を格安で再販する「プレイステーション The Best」なるシリーズも展開されていた。正確な時期は失念してしまったが、それに対抗するために企画されたSSの「サタコレ」が開始されたのが1997年の秋ぐらいであったはずなので、PSはそれよりも前の話となる。これにより、中古屋はダメージを受けたかも知れないが、しっかりとメーカーや権利者にお金が回るようになっていったと思うので、業界的には非常に健全で素晴らしいアイデアだった。ROMカセット中心の旧世代機では決してありえなかった話である。

 

しかし、FFに端を発したムービー重視の風潮に疑問が生まれ始めたのもこの頃により、特にその代表格とも言えるFFVIIIなどは、CMでムービー部分しか放送しなかった事もあり、実際のゲーム画面とは大幅な剥離が生まれたため、俗に「ムービー詐欺」という言葉すら生まれたものだった。特に、昔ながらのゲーマーは、「ボタンを押していくだけで進む展開」を非常に嫌い、パッケージの帯にもあるよう「レイディアントシルバーガン」などはそれらに対しての強烈なアンチテーゼとして生まれたものである。

 

実際、FFVIIIは当時シリーズ最高の売り上げこそ記録したものの、中古市場に流れるのも早く一気に値崩れを起こしたものである。私は1980円になって購入したが、まだ長時間プレイが可能だった当時ですらもついていけず、さすがに途中で投げてやめてしまった。この影響か、翌年のIXでは100万本ほど売り上げを落とす事となったのは有名な話である。シリーズの売り上げは、前作の評判によるもの、とはっきり示された事例となった。

 

という訳で、この1999年という年は1995年並にゲーム離れを起こしていたので、どういうゲームをプレイしていたのかもさっぱり覚えてはいない。世間的には小川VS橋本、ジャイアント馬場の死、松坂の衝撃的なデビュー、ナイナイが揃って映画出演、桜庭和志の台頭、モーニング娘。のLOVEマシーンなどゲーム以外の話題が尽きなかった事もあってか、ゲームに関してはほとんど記憶にないのだ。せいぜい、PS2の発表と、DCの売り上げ不振による1万円の値下げぐらいだろうか。

 

そして、年末に出るはずだったドラクエVIIは当面延期となり、年末商戦の目玉も失ってしまった。そんな時に、雑誌の発売予定表にて衝撃的な移植を目にする。もちろん、「グラディウスIII&IV 復活の神話」と称したグラディウスIIIの初の完全移植である。まさかの展開に胸躍るばかりであったが、よく見るとPSではなくPS2の話だった。しかし、もちろんこれだけのためにPS2購入を決意したのは言うまでもない。