前回の記事のよう、高速鉄道に乗りたいがために5年ぶりに深センへと入境したが、今回は下車以降の様子を綴っていこうと思う。
香港から深セン北まではおおよそ20分程度なので、朝の10時には駅についていた。中国の高鉄の駅の大きさはすでに写真で拝見していたが、さすがに目の当たりにすると圧倒されたものだ。しばし余韻に浸り、エスカレーターで上に登ると、当然の事ながらそこはすでに簡体字の世界。案内板にはかろうじて英語表記もあるものの、それ以外の広告などはもちろん簡体字オンリー。英語に頼り切ってきた私にとって、興奮よりもいきなりの不安に駆られてしまったものだった。
そのまま道なりに進み、右へ曲がると改札がありそこが出口だった。地下鉄にいきなり乗り換えは出来ず、一旦外に出なければならなかったが、写真でしか見た事がなかったあの巨大な深セン北駅の建物が目の前にある。当然、私の興奮は抑えきれず、しばしその光景を堪能していった。
その時点でまずやらなければならない事は、何と言っても人民元の入手だった。通常であれば入境するまでに人民元を入手しておくのが普通なのであるが、さすがに高鉄が止まる駅であればその辺りに両替所やATMもあるだろう、と思っていたし、万が一の事も考え銀聯カードも日本で作っておいたので、あえてそれはしなかった。しかし、周囲を見渡してもどこにもない。さすがに焦ってきた私は、それ探しに奔走した。
まず隣接したフードコートへと入っていった。何かしらあろうだろう、と思っていたが食堂しかなかった。しかも、外観はそれなりに立派なのに、中身は完全にチャイナクオリティ、これは耐えられるレベルにないな、と思った私はそそくさと戻っていった。高鉄の駅舎にはもう戻れないので、仕方なしに地下鉄の駅舎へと向かっていったが、ようやくそこに私の求めていた両替所と中国銀行ATMが佇んでいたので、ようやく安堵する事が出来た。
どっちでも良かったのだが、何となくHKDは減らしたくなかったので、クレカでキャッシングする事にした。PLUSはおろかVISAのマークさえ見当たらなかったので、またもや不安に駆られたが、さすがに中国銀行だけあって無事に300元下ろす事が出来た。次に入手するのは深セン版スイカとも言える深圳通(Shenzhen Tong)だ。
当然、5年前に来た時も地下鉄に乗ったのだが、その時は元が高く、1日の滞在だし別に買わなくても良いだろう、と思ったのだが、さすがにもう煩わしい事極まりないし、何より少額を用意しなくてはならない。今回の滞在は全体的にも節約より利便性重視としていたので、そういう訳で深セン通を使用する事にしていった。
幸い、すぐに自販機に気づいたのであるが、何と簡体字表記だけで英語を選択する事が出来ない。これに関しては事前にネットでチェックしていたし、日本人であればギリ理解できる範疇でもあったので、かろうじて買う事に成功した。いくつか種類が存在したが、その中にはオクトパスとの一体型や、さらにはキーホルダー型のハローキティやワンピースのキャラも存在していた。オクトパス一体型は便利そうだな、と思ったが、すでに所有しているしわざわざ買う事もないな、と思いスルーした。後者はドラえもんと同じように、大陸でも普通に日本のキャラを受け入れているんだな、と若干嬉しくなったものだった。
そして、これでようやく深セン市街を自由に行き来する事が出来たのだ。地下鉄は相変わらず荷物検査が行われており、そこら中に保安員が配置されていたが、香港MTRの状況を考えたら、皮肉にもこちらの方が安心して乗れる感じであった。
ただ、今回はあくまで高鉄に乗る事が最大の目的だったので、深センで何をするか具体的なプランは全く頭に描いてなかった。一応、地球の歩き方のKindleバージョンを事前に購入していたとは言え、深センに関しては必要最低限の情報しかなかった。そこに掲載されている、世界の窓と中国民族文化村は前に行った事あるし、仮にまた行ったとしてもそれだけで1日が終わってしまう。さすがに、メインの繁華街である老街に行くのもまだ早い。
考えた結果、とりあえずHUAWEIの本拠である事もあり、アジア最大級の電気街へと向かう事にした。乗った地下鉄は赤い4号線なのだが、このラインは完全にMTR香港資本が入り込んでおり、ロゴや駅のデザインはもちろん英語・広東語のアナウンスもお馴染みのあの声だ。前にも利用した事はあるのだが、地下区間オンリーだったため、高架区間から深センの街並みを見る事が出来たのは嬉しかった。
ここでWi-Fiを試してみたが、何と車内では完全にフリーで接続する事が出来た。その瞬間、LINEからいくつかのメッセージを受け取ったが、お知らせは入ってもトーク画面で受信する事は出来なかった。言うまでもなく、FacebookやGoogle、そしてTwitterも無理。もちろん全て使用不可能なのは知っていたが、実際に目の当たりにすると「これが中国か!」と実感せざるを得なかった。
一応、百度の地図はインストールしていたのでそれは使用可能であったが、さすがに簡体字オンリーなのは使いづらい事極まりない。よって、その時点でネット使用は諦める事にした。
深センではほぼ簡体字のみの世界、と言う事はすでに触れたが、香港資本が入り込んでいる事もあるせいか深センメトロの英語表記は完璧であり、西洋人でも問題なく使用出来るレベルだった。そして、日本であれば全てローマ字が基本であるが、ここでは普通名詞に限っては英訳もされていた。それは前からそうだったのだが、やはりこれだけでも利便性が桁違いに違う。実は深センメトロだけではなく、ほとんどの漢字文化圏はそうだったりするので、要は日本だけが未だに世界のスタンダードではないと言う事だ。
そのまま華強駅という場所で下車したが、どうも見覚えがある。これは5年前にも来た所だった。まあだから下車したというのもあるのだが、改札を抜けると目の前に当時はなかったセブンイレブンがあった。そして良く見ると深セン通のセンサーを見つけた。もちろん、本格的な中華料理など売っているはずもないが、とにかくこれで飢えをしのげる事だけは確定して、ホッとしたものだった。
とりあえず何か軽食を買おう、と思った私は、好物のホットドッグを買った。5年前に世界の窓でフランクフルトを食べた時、あまりにもまずかった記憶が蘇ってきたが、今回はさすがにセブンイレブンだから大丈夫だろう、と思いきや全く同じ味でクソまずかった。中国人はこういう味付けが好みなのだろうか?我慢して全部食べたが、これでもう二度と買う事はないだろう。
深センメトロで他に素晴らしい点と言えば、ほぼ全ての駅にトイレがあるという事だ。海外で一番日本人が直面するトラブルのひとつであるが、ひとまず深センにおいてはこのおかげで困る事は皆無であった。まあ一応ショッピングセンターも多い深センでは、さほど困る事はないのだけれども、この点に関して言えば香港よりも楽だと思っていい。
そして地上へ出ると、5年ぶりに訪れた深センの巨大な都市がそこにはあった。これで4回目とは言え、それでも5年ぶりだ。2013年に初めて訪れた時も興奮に打ち震えたものだったが、今回もそれと同じような興奮を覚えた。なぜ深センに来るとこれほどまでに興奮するのか?
それはまず、香港からマカオに渡航する人は多く、ツアーコースなどにも含まれておりとりあえず金があれば誰でも出来るレベルにあるのに対し、深センはそうではない事。入境手続き自体は簡単で、日本人であればno visaで15日まで滞在出来るというのに、周りの香港渡航経験者を見回しても深セン入境者は皆無。つまり、金だけではなく勇気も必要である事。
そして、ノーインターネット、ノーイングリッシュという、少なくとも香港や台湾よりも厳しい環境に自ら単独で身を投じる事が出来た事。つまり、深センに居るだけで、これらの恐怖や障害に全て打ち勝つ事が出来た、という自分への自信。幼稚園児の頃、登り棒もてっぺんまで登れなかったほどの臆病で弱虫であった自分。そしてせいぜい半径2キロ弱ぐらいの範囲が世界の全てであった当時の自分が、今や日本から3000キロ離れ、英語もネットも禁じられた共産党が支配する国に一人で陸路で入国する事が出来るようになったほど強くなった、と言う自分に対する自覚。そんな思いが交錯していくと、自然と涙がこぼれそうにもなってしまう。それだけでも、本当に深センに来て良かった、としみじみ実感したものだった。