サブウェイ(乗る方) | ONCE IN A LIFETIME

ONCE IN A LIFETIME

フィリピン留学から人生が変わった一人の男のお話です。

車がないと何も出来ないと言われるアメリカ合衆国において、NYCは極めて例外的な、車なしでも十分な生活を送れる都市のひとつだと思う。当然、私も乗らない日はない、と言っていいぐらいに、勤務の日はもちろん、休日も最も重要な足のひとつとして利用していたものだ。しかし、ググれば分るが、何かと悪評の高いNYC地下鉄、通称MTA、なかなか一筋縄ではいかない乗り物だった。

初めにも述べたが、私が初めて訪れた駅は、家から徒歩2分のエルムハースト駅だ。R線とM線のみが止まるローカル(各駅停車)専用の駅なのだが、とにかく地下鉄云々よりも、施設のあまりの汚さに閉口したものだった。正直、日本では廃駅レベルなのではないだろうか。西側の急行停車駅・ルーズベルト・アベニューはもちろん、東側のグランドアベニュー駅はそこまでの汚さではないにも関わらず、何故かこの最寄り駅だけは常軌を逸した汚さを誇っていた。しかし、利用しない限り、オフィスはもちろんの事どこにも永久に行けない。数回利用すれば慣れたが、ホームレスはしょっちゅう寝ているし、落書きは酷いしで、毎回早足で駆け抜けて言ったものだ。

そして、地下鉄を利用するには、当然切符が必要だ。ただ、日本とは少々趣がことなり、基本的に大きく分けてチャージしつつ使うリミティッドと、定額払えば7日・30日間乗り放題のアンリミティッドの2種類に分かれている。幸い、交通費に関してはオフィスが提供してくれたので、当然3ヶ月間で使用したのは後者の30日アンリミティッドのみだ。一度の複数人使用を防ぐため、1度改札を通したら、18分経つまで同じ駅では使用不可能、と言う制限こそあるものの、それ以外では使い放題となるため、オフィス勤務の日はもちろん、休日も乗り放題だった。

リミティッドの方は、1度の乗車につき2.75ドル支払う。未だと軽く300円は超えるので、一見割高な印象は拭えないが、駅から出るときはゲートを抜けるだけでカードを通す必要がない、つまり、香港のバスのように、一度払えばゲートを出ない限り、どこへ行っても2.75などで済むため、それはNY地下鉄の最大のアドバンテージと言っていいだろう。

もちろん、アンリミティッドの方はそれをも気にする事はなく、期限内であれば乗り放題なので、この上なく使える移動手段であった。因みに、価格は116.5ドルであり、初回のみカード代1ドル徴収される。今なら14500円ほどにもなってしまうが、多ければ一日10回近くは改札をくぐる事もざらだったので、十分元は取れていた。

オフィスの最寄り駅は、ターミナル駅のひとつでもある34st・ペンステーションであるのだが、幸い、エルムハースト駅からは、次駅のルーズベルト・アベニュー駅で急行のE線に乗り換え、そのまま一直線だった。なので、通勤に関しては便利な事この上なかったのだが、MTAは恐ろしいほど頻発に遅延が発生していたため、常にかなりの余裕を持って家を出ていたものだった。しかし、平日の通勤時のみに限って言えば、ほぼスムーズな運行がなされていたため、早ければ定刻の30分前には34Stに着いてしまう。当然、オフィスには早くとも5分前がデフォだったので、それまではベンチで休んでいるのが常だった。

しかし、あいにくペン駅はWifiに対応していない。それに、オフィスまで1分と言うのも、最初は便利であったものの、次第に味気なく感じてきた。さらに、ラッシュアワー時のE線は常に満員で、20分以上立ちっぱなし。別に大した時間ではないものの、MTAは日本のようにつり革が存在しないため、時には結構無理な体勢になり体に負担がかかる事もしばしばだった。と言う訳で、後半1ヶ月ぐらいからは、急行に乗り換えずローカル線でそのまま34St.ヘラルドスクエア駅で降り、そこから徒歩5分のオフィスまで歩いていった。土日などは午後1時からの勤務だったため、その前にマックやセブンイレブン、またはベンダーなどで適当にお腹を満たしてから向かっていったものだった。

帰りは面倒だったので、最寄り駅からそのまま帰っていったのだが、この時はなかなかE線が来ず、来ても常に遅延が起こったりして、行きは20分の道を、帰りは倍以上、と言う事もざらだった。しかも、週末はどこかしらで必ず工事が行われているため、片方のローカル線は閉鎖、よって一度フォレスト・ヒルズまで行き、そこから引き返す、なんて事もあった。その工事が2週以上続いたので、最終的にはルーズベルトAV駅で降り、10分かけて徒歩で家まで向かっていった。

異常なまでに時間に厳しく、そして正確な日本が特別なので、もちろんそれ並のサービスなどは最初っから期待はしていなかったものの、それでも毎回起こりすぎる遅延などにはさすがにうんざりしたものだった。また、車内はクーラーで快適なものの、構内ではマンハッタンの駅ですら効いてない事がほとんどであり、ラッシュ時以外はかなり待たされる事も多かった事もあって、毎回高湿度のホーム上で汗だくになって待たされたものだった。

よって、日本の素晴らしいサービスに慣れた私たちにとって、いかに手ごわい乗り物だったかが分ってもらえたかと思う。日本に帰ってきた今となっては、正直もう乗らなくていいんだ、との安心感の方が強い。遅延はもちろん、大抵の駅にはトイレは設置されているし、長距離移動の前には必ず済ます必要がある、しかし地上にも容易に借りれる場所がないNYCと比べたら、東京圏の電車環境はまさに天国だ。

ただ、それでもNY地下鉄のここだけは絶対に凄い!と思わせてくれる部分があった。それは、前にも述べたが地下鉄なのに複々線が多数存在する事だ。維持費・建設費に莫大なコストが発生する地下鉄は、省スペースが基本だ。例えば、最初期の銀座線や丸の内線などは、トンネルの大きさが最小レベルであり、パンタグラフが使用不可能なため、今でもその2線は車両が小さく、電流もレール横から取るようになっている。標準軌でもあるため、それが千代田線などとは異なり、他の線に乗り入れる事の出来ない理由だ。

また、大抵のホームが島式であり、ほとんどの場合で待避線も存在しない。数年前から、ロマンスカーが千代田線に乗り入れ開始したが、途中駅での追い越し不可能なため、特急電車でありながら相当の低速で各駅を通過となる。都営浅草線・新宿線などの急行も同様だ。

よって、地下鉄イコール各駅停車、と言うのはほぼ常識であると言っていいので、NY地下鉄の複々線は新鮮で仕方がなかったものだ。特に、最寄のエルムハーストはローカルオンリーだったため、電車待ちの最中に、颯爽と猛スピードで急行線を駆け抜けていくE・F線を見る度に、「NYの地下鉄はすごいな~」と常々感心していたものだった。もちろん、タイムズ・スクエアや、ペン・ステーションなどのターミナル駅の地下はとてつもなく広大だ。マンハッタンの地下はほとんど空洞なのではないだろうか?そう思わせるぐらいな、巨大な地下空間がそこには存在していた。

また、他のアドバンテージと言えば、当然なのだが車内の広告やアナウンスは全て英語だ。乗客ももちろん英語、特にヤンキース戦帰りは余韻に酔いしれている観客たちが、誰しもがフレンドのように語り合っていた。ようは、単に地下鉄に乗る事そのものも、自分にとっては英語を勉強する場にふさわしかった。もちろん、ネイティブの国なのだから、車内に存在するメッセージなども全て正確だろう。日本では?と思う事が多いので、「本場ではこう言うのか!」ととても参考になったものだった。

まあ、良い部分と言えば複々線と英語ぐらいであり、あとは問題が多すぎたため、総合的には比較にならないぐらい日本のサービス、車両の方が上だ。それでも、平和すぎて何の刺激もない今と比べて、カオスで騒がしく、常に遅延との闘いを強いられたNYC、今となっては欠かす事の出来ない思い出、と言っていいのかも知れない。
{A51203D0-F1E0-414F-8E66-3AB9DF3AF667}

{17E7F742-0F2D-4610-829C-AC2B0912E03E}