アメリカでの生活。 | ONCE IN A LIFETIME

ONCE IN A LIFETIME

フィリピン留学から人生が変わった一人の男のお話です。

大方の日本人は、「NYC=世界一の都市=優雅な生活」を単純に想像してしまうかも知れない。それは決して間違いではないだろう。しかし、あくまで月に3000ドル以上の家賃を軽くキャッシュで払えれば、と言う注釈が付く。

それが付かない私の生活は、当然、優雅さとはかけ離れたものであった。月々の家賃は680ドル。支払った時のレートで単純計算すれば、81600円。地元はもちろん、相模原あたりでも、月5万は払えばひとりぐらしには十分すぎる部屋を借りる事が出来る。もちろん、バス・キッチン含めてだ。しかし、そこは世界一レベルの賃貸料を誇るNYC。前にも述べたが、部屋は倉庫を改造したかのような半地下、キッチン・冷蔵庫・バスルームは共用。かろうじて日本人の生活レベルに耐えられるぐらいの清潔感は保たれている、そんなレベルだ。

前も書いたよう、周辺には本屋以外の店は全てある、と言った感じで生活には困る事はない。しかし、店一軒一軒のレベルや、道路の清潔さ、しかもちょっと北に歩くと壁にスプレーで絵。いくら円安とは言え、日本よりも遥かに高い家賃を払っていると言うのに、生活環境は日本のそれに遠く及ばない。海外で、日本並の生活環境を得るには、日本で支払う以上の遥かに高いお金を出さないと得られない、と言う事は容易に想像は出来た。香港がまさにそうだったから。しかし、いくら自身の成長に繋がる、とは言っても、日本の生活から数日でこの落差では、「世界一の都市にいる」的な優越感は、少なくとも地元に居る限り味わう事はなかった。

現地で収入は基本的に得られないので、全て貯金でまかなうしかない。3ヶ月であれば十分持つほどのお金はあったものの、それでも抑えられるだけは抑えたいのが本音だ。現地のクレジットカードは持っていないので、アマゾンで簡単にぽちる事は出来ないから、家に居ながらお金を消費する事はない。そうなると、やはりいかに食費を抑えるか、となる。

キッチンはもちろん自由に使えるので、自炊はたやすい。しかし、たったひとつの場所を4人で使用するのだ。しかも、ひとりは日本人だが、他二人はオーナーのいとこのミャンマー人だ。日本人のような謙虚さを求めるのは困難、実際無理だった。ひとりはまだマシではあったが、もう一人が夜中の1時だろうと、平気で意味不明な言葉をわめく問題児だった。正直、関わるのは嫌だったので、イライラぶりをオーラで表すしかなかったのだが、より上の環境を求めるのであればさらにお金を出すしかない、のはわかっていたので、耐えるしかなかった。一度、本気で引越しを考えた事自体はあるものの、680ドルでは4畳半程度の部屋しか借りれず、いくらクイーンズとは言っても、それなりのレベルであれば1000ドルはくだらなかったので、諦めるしかなかった。もちろん、その値段でもシェアだ。

話を戻す。やはり、食費をどう抑えるかが、渡米直後の最大の悩みの種だった。もちろん、周りに食べる場所はいくらでもある。しかし、そんな生活を送っていたら、月10万は軽く吹っ飛ぶ。最初からダイエットはするつもりでいたので、量自体は少量で大丈夫だったが、それでも1日3度は絶対に取らなければならない。

ひとまず、中国系スーパーがあるので、色々生活用品なども含めて物色しにいった。一応生活に必要なものはひととおり揃っており、食品なども日本から輸入されているものの多く、割高ではあったものの、日本人にとっては決して悪くはない環境だ。色々物色していくうちに、コーンフレーク類が目に入った。ケロッグのフレークは、私が幼稚園ぐらいの頃に良く食べていたものだ。当時、私は牛乳が好きではなく、幼稚園や学校でしか飲む事はなかった。要は牛乳嫌いの子供だ。そんな子供に、合理的に牛乳を飲ませるのにフレークは最適だ。もちろん朝食にも。「これだ」ひとまず朝食に対する不安は解決した。

仕事が始まってからは、もちろん昼食は100パーセント外食だ。幸い、オフィスの立地は素晴らしく、ビルの1階に大きなデリ、徒歩1分圏内にマック、スタバ、セブンイレブン、そしてサブウェイと全て揃っていた。数週間後には、1ドルピザ屋もあるのを知り、おかげで後半は大分お金をセーブする事が出来た。

しかし、それでもアメリカの食事事情は信じられないほど高い。1階の食堂にも、スーパーで良くあるパックのお寿司が売っているのだが、一番安いアボカドでも4.25ドルする。消費税を加えれば軽く600円は越してしまう。もちろん、内容量はたかがしれている。しかし、だからと言って別のものを買うわけにはいかない。そうなると、10ドルなんて簡単に消費してしまうから。仕方ないので、耐える以外なかった。

ひとまず、朝食と昼食はそんな感じで済ませていた。そして、最後のお楽しみである夕食だ。アメリカ行く前は、正直週に2回ぐらいはマックでセットを食べれればいいな、と言う感覚でいた。しかし、すでに述べたように、こちらではビックマックのセットですら1000円弱いってしまう。その時点ですでに選択肢からは外れていた。しかし、幸いな事に、自宅周辺は中国人の生活圏だ。徒歩2分ほどの場所に、小さな広東料理レストランを見つけた。

日本人が一番海外で恋しくなるのは、和食だ。もちろん、世界中に日本食レストランんはあるので、食する事自体は難しくはない。しかし、そのほとんどがマンハッタンに位置する、中流以上のレストラン。最低でも10ドル、さらにチップも払わなければならない。どう考えても無理な話だ。しかし、とにかくお米だけでも食べたい。そんな時、中華料理は最有力の候補だった。どんな店だろうがチャーハンは間違いなくある。もちろん、野菜を初め具も多種多様だ。正直、この時だけは中国人に本当に感謝した。

しかも、価格もリーズナブルだった。最安で3ドル、高くても6ドル弱。量も十分だ。しばらくの間、毎日と言っていいぐらいお世話になった。

しかし、ご飯の量自体は十分でも、野菜が足りなかった。野菜をどうやって取り入れるか。その応えも案外すぐ出た。サブウェイだ。日本では400店舗も存在しないため、いまいちメジャーになりきれず、私自身も一度も購入した事はなかった。基地にも存在するが、ぶっちゃけ買い方が分らなかったため、あまりおいしくないクッキーを買った事がある程度だ。

しかし、こちらではそんな事は言ってられなかった。とりあえず基本のメニューはボードを見れば分る。幸い、ハムやツナなど好みのメニューもある。野菜の英語は勉強していなかったものの、とりあえずそれに関しては好き嫌いはないので、Everything!で済ませた。しばらく、夕食は前述のチャーハンとサブウェイをローテーションしていった。

そして3週間ほど経ったある日、同僚の方からインスタントのそばを頂いた。ありがたく頂き、自宅に戻ってから食したが、お湯を沸かすのが案外面倒、と気付いた。そこで思いついたのが、電気ケトルだ。これさえあれば、わざわざキッチンに出なくても部屋でお湯を沸かす事が出来る。しかも、スーパーは中国系なので、日本よりも遥かに多種多様な香港人大好き、出前一丁が3袋たった2ドルで購入する事も出来た。もちろん、日本のサッポロ一番のラーメンなども。もちろん、毎日食べると言う訳にはいかなかったが、週3程度ならいける。問題は水をどうするか、だが、一応アメリカは飲んでも大丈夫、と言う事になっていた。時期的には5月中旬ぐらい、どうしたらお金を抑えつつ海外でサバイバル出来るか、そんな感覚が知らず知らずのうちに身についていった事を実感した。