だから、わたしは走りたいのかな。  | わたしとランと

わたしとランと

2006年より走り始めランニングをライフワークにするはずが、2013年から体調崩し、2015年3月に関節リウマチの診断おりる。6月〜9月中旬まで3ヶ月休職。復帰へむけて一歩ずつ・・・

月曜日、ひさびさに、近所をはしった。

公園の周回で、その往復で、4.5kmくらい。

足は一時期よくなったけど、最近隆介コーチにみてもらわず、自由にやっていた(=さぼり) のもあり、なんか、足がいうこときかない。悪い状態にまたもどりつつある。

だから、スムーズじゃないんだけど。でもはしりたかった、だからはしってみた。

夕暮れ公園を走っていたら、いろんな風景にあえた

こげ茶の木々が藍色の空にむかって、素敵な模様を描いてる。

空には、ガラスのお皿のような、お月様。イチゴをのせたくなる皿のよう。
わらってる口元にもみえる。
なんかきれいな景色でみとれてた。

つって、そんなこと普段おもわない。
放射能、原発、殺傷事件などなど、いやーなニュースばかりとびこんでくる。
(嫌なニュースだけど、もちろん大事なこと)

ただ、ただ、いつもと同じようにいきてるはずなのに、特別な場所へでかけてないのに、その景色は、前からそこにあるはずなのに、はしったから、上を向いたからか?
すごいきれいな景色に、会えたんだなっておもうことはある。

人生ってそんなもんだとおもう。 (乏しい人生経験から勝手をいってすみません)

しあわせや、うつくしさは、きづくもの。そこらへんにあるんだから。

世界は美しい。そういうシンプルなことを走ると、わかる。

きっと、いつもより、ほんのすこしだけ、時間がゆっくりながれるからかな

走ってると、わたしにとって10分はながい。でも、それ以外のときは、瞬きするような短さ。

夕暮れは、空の色の変化がはやい。公園2周目。空の色がまたこくなり、今度は、そこにオリオン座が登場した。

遠い星に思いをめぐらせて走る。

むかし、夢の島の24時間リレーマラソンにでたとき、朝の時間の空の変化がすごかった。そのときも1周ごとに色をかえていった。

あと、小太郎と散歩にいって、アイスを一緒に食べた夜空、いろんな空をおもいだしたけど、うえをむけてるときの記憶はいたって、しあわせかな。

大晦日の皇居を友達とはしった、寒い冬の空、

空をみるだけで、ひびいておもだせる、記憶がある。

走るって、なんなんだろーな。 

なんだか、まったくわかんないけど、こんなかんじで、わたしは走るのがすき
苦しくても、面倒くさいくても、好きだな。

好きなことって、そうそうあえるもんじゃyない。

だから、ここにかいておこーっと。
走ることのすばらしさ、思い出せますように。
もっとうまく説明できますように。
支離滅裂で、すみません。

はしってあえた、みなさんに感謝。