愛と憎しみの継母ライフ -14ページ目

愛と憎しみの継母ライフ

シンパパと再婚し、夫の連れ子二人と4人家族に。子どもたちとの関係は至って良好。(愚痴は沢山ありますが)それはひとえに継母の私の我慢と教育と愛のおかげ!と、信じています(笑)初めてのダイエット始めたので頑張って毎日更新します。

昨晩、大学の友人のライングループで訃報がまわってきました。

亡くなったのは、大学時代一番仲の良かった友人。

しかも、亡くなったのは一年半前ということ。

友人の一人が毎年年賀状を送っていて、今年その子のお母さんから29年に亡くなった旨の手紙がきたと。

ショックで昨晩は大泣きし、
今日も朝からずっと彼女の事が頭から離れません。

何故?病気との事だけどいつから?
どういう状態だったの??

何年も連絡をしていなかった罪悪感もあります。

いつでも会えると思って
元気に子供を育てているものだと思って

連絡をしていなかった自分が悔やまれる。

また、涙が出てきました。

せめて、亡くなってすぐならば
すぐにかけつけたものを。

今更、亡くなっていたと聞いても
実感が湧かず。

ただただ茫然と、
そしてポロポロと涙を流すしか出来ない。

私の周りで30代で亡くなったのはこれで三人目です。

中学の同級生は確か35歳くらいで亡くなったと思います。
彼の時は、彼は自分から病気を公表して、
積極的に同窓会に顔を出していました。
亡くなったと連絡が来た時悲しかったけれど、
少し前に会ってその時は多分それが最後かもしれないという覚悟があったので、、、

前の夫は39歳でした。
彼は闘病している姿を親友にも見せたくないと、
一切連絡を取っていませんでした。
亡くなった後、夫の携帯から私がその親友に連絡をしました。
葬儀の時、
「何で生きてるうちに連絡をくれなかったのか、僕は奥さんを恨みます」と言われました。

今回の彼女は前の夫と同じタイプだったのでしょう。

私たちは誰も病を知らず、亡くなった事さえ一年半も知らなかった。

彼女はシングルマザーで実家で子育てしていたので、彼女のご両親には私たち大学の友人関係を知るすべもなかったのでしょう。

また、彼女の実家は島なので、風の噂で私たちが知り得ることもなかった。

だけど、だけど、

もう一度会いたかったよ、美穂。
一人息子を置いていくのはどんなに辛かっただろうね。

できればお線香あげに行きたいので
大学の友人たちと相談してみたいと思います。


黙祷