昨夜は、先日大当たりの「一等賞」景品リブロースを焼いてもらいました。
う~ん、おいし~い!すごくいい肉でした!
ほぼお腹は出来上がっていたところに「肉、焼いたげようか!」
ステーキ1枚ペロリです。
う~ん・・・もう動けない!(腹12分目!)
「もう1枚食べる?」
『もう、水も入らない・・・・!』
(焼酎は入りましたけど・・・(笑))
さて、
徳島県海部郡宍喰町
ジャンボ尾崎三兄弟が育ったところ。
この本を何度読んだことか。
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「尾崎将司」の「挫折と栄光の軌跡」。
(1989年11月28日・第1刷、著者・早瀬利之)
以前、本を大量処分したが、捨てられない本の中の一冊。
自分が落ち込んだ時、勇気づけられる一冊でした。
読む度に地図帳を広げて、その風景を想像したり、町並みを想像しながら読んでいた。(私は子供のころからいつもこういう読み方をする。地図で確認しないと落ち着かないんです)
四国に赴任していた頃、仕事の関係で四国中を走り回ったが、「室戸岬」と「足摺岬」は何故か行ったことがない。
特に「室戸岬」からの太平洋を見たかった。
今回、息子が「室戸」まで出張すると耳にしたので、「ジャンボ尾崎の実家」と「室戸岬の景色」をデジカメで撮って来てもらうよう頼んでいた。
すると、先日、出張先から「メール」で届いた。(すぐ保存)
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実家にはすでに誰も住んでおらず空き家だとか。
母の「寿子さん」はどうされているのだろう?
「尾崎実さん」、半農半漁で生計を立てていた。
子供には厳しい父親で、スポーツ万能の村では評判の男だった。
父親が亡くなった時、末っ子の「直道」はヘリコプターで帰省した。
「賞金王」のかかった試合を控えて出場するかどうか迷っていた・・・
ジャンボが「家の事はいいからおまえは出ろ!賞金王を取って来い」と激励。
しかし、直道は「父の死に顔を見られなかったら一生悔いが残る」、ヘリコプターを飛ばして東京から宍喰町の実家に帰った。
翌早朝、直道は「賞金王」のかかった試合会場の18番ホールグリーン近くにヘリコプターで着けた。
そして、兄二人に葬儀を任せてプレーに臨んだ。
「奇跡的なショット」「奇跡的なパット」を連発し、結局、賞金王を獲得した。
優勝を確信した直道が18番ホールのグリーンに向かう映像を捕らえて「マイウェイ」の曲が流された。粋な計らいでした!
その様子を「実家」で応援する兄二人の映像が実況中継されていた。
直道は「親父が勝たせてくれた 」←(クリック)、と涙を流した!
そんなことを覚えている。
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こんなド田舎の漁師町だ。
ここから徳島海南高校まで20キロの道のりをジャンボは走って通った。
ジャンボは「エースで4番」だった。
甲子園の選抜大会では、町を挙げての応援でこの町の漁船の持ち主が自腹を切っての出港だった。
この時、甲子園は「6万人」の大観衆になった。
(今では甲子園の観衆は4万6千人と発表されているが、私が小学生のころ叔父に連れられて行った時7万人と発表されていた。立って見るにも苦労していた時代です。地響きする声援に鳥肌が立った!)
ジャンボ尾崎率いる海南高校はこの選抜大会で「優勝」した。
今や、人通りは皆無の様子。
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さすが、「太平洋」ですね。
波が荒い!
こんな波に体を打たれてみたい!
何だか自分が行ったような錯覚に陥る。
宍喰の町、私が描いていた町を写真で見ることができた。
グーグルマップでも見たことがあるが、生の写真の方が実感がある。
出張先で忙しい合間に・・・ありがとう。
今度また「ビール
」でも奢ってやるわ。






