愛子・裏千家茶名、宗愛 | 終の棲家と大腿骨頸部骨折

母親、父の次は姉

私より3年、年上の姉(1929~2017)は 戦後、父の叔父、林三郎の紹介で新宿の外国人相手の洋装店で働いた。

  お蔭で私には外国製の美しい生地ゃセーターが贈られお花の先生に褒められたもの(*^-^*)

  愛子姉には様々な場面でお世話になっている、

7才、七五三の祝いは着飾ってお参りが一般的だが貧乏人の子沢山の我が家にそんな余裕もなく、帽子が欲しいと泣いていた私のそばで見守っていた光景は今も忘れない。

   帽子を買っていれば片耳聞こえなくなることは避けられたであろう。

 

 また、当時横浜桜が丘で下宿中 急性肝炎になったとき、新宿・高野のトマト持参できてくれた。

     次はバセトー病手術の際、妹岩子と共に付き添ってくれたのも愛子姉。

 

 愛子さんは老田さんの紹介でj○○敏夫と結婚、姑には散々いびられ、

 長女出産前、バカな子が生まれると言われ中絶寸前、

 その子晶△はバカどころか薬学部特待生で月謝は大学持ちニコニコ 

            最も頼りになる姪だから、遺言執行人に依頼している。

 

 愛子さん、お茶を立て歌を詠み、その晩心筋梗塞で死亡と聞く、優しい姉であった。

 3人の娘達は仲良く、○○愛子作品集を作っている。

  作品集から抜粋

    生涯の大部分を○部で過ごした母の脳裏はいつも庭の花や植物、鳥たちでいっぱいでした。

 この作品集は、そのような母の世界を描いたものです。

 母と過ごした、実に楽しい時間は、今は思い出となって私たちの心の宝物です。

 その思い出を少しでも形に残そうと、この本を製作するに至り、娘3人で母の作品を選びました。

  斑入りのススキ 風にたなびいて 穂先がなびく 十五夜さんは 近いのかな       

   

         はなにらを まとめて活けㇼ 見事なり

 

                      伏見での 散歩コースは 酒蔵へ