あとどのくらい生きられるかなんてよくわからない、貴重な時間なので、いやな方向に気持ちがゆすぶられるような読書はしたくない。それが好きな人が読んで、よかった!面白かった!と言っていたとしても、別にそれを読みたいとは思わない。読みたくなる本もあれば、うえ、そういうの面白いと思うひとなんだ・・・と思ってしまう本もある。

やはり人はどこまでいっても本当にはひとりなのだなと、すごく些細なところで思い知るのであった。だからこそ、本を書いた人と、読み手である自分だけに通じる道があり、読書があれば孤独の多くは癒されるのではないかとも思う。

だけど、あなたが感想を記していた本のいくつかは私も読んだことがあり、今でも記憶に残っているし、知らなかった本に導いてくれることには感謝している。


明日死ぬかも知れないし、まだあと何十年と生きるかもしれないけれど、やっぱり読んでいる間の時がすっぽり消えてしまったかのような、文字の流れとそれを追っている自分の、境目さえあいまいになって溶けていくかのようなそういう読書をいつだってしたいなと思うのであった。


だけど、たとえば最近、通勤電車に揺られるあいだに読んでいる『2分間ミステリ」(/ドナルド・J・ソボル)はあたまの準備運動にいいなあと思いながら、制限時間を思い切り意識しながら読み、解いている。ほんとに、一語の意味を逃さないようにしている自分、気分はポアロなのである。そういう読書もあるんだよな、とか。