今回は、映画館でちゃんと見ることができました!細田守監督の「バケモノの子」、昨日観てきました。
時かけのときも、サマーウォーズのときも、オオカミこどものときも、DVDで楽しんで。そうそう、サマウォはブルーレイディスクも持ってるんだよ!・・・だけど、映画館で見る楽しさ、贅沢さって別モンだと思う。音が飛び出して聞こえてくるし。ご飯粒が飛んでくるし。刀身が切る風が伝わってくる。・・・
物語のネタバレは・・あるのでご了承ください。
あと、先入観なく感想が書きたいから、検索とかしないでわからないことはそのまんまに書きたいと思います。※間違ったところがあったらごめんなさい、ということです…。
うーん。何を思ったかというと・・
声優さんの声ってとても大切だと思う。俳優さんは演技も含めて俳優さんだけど、アニメーションにかけては声優さんのほうが上なんじゃないのかなって思ってしまう。だって声だけですべて表現するんだもんね。尊敬してしまう!青年期の九太と楓の声。ちょっとなんか違うかなあって思ってしまった。くぐもってるというか、ちょっと棒読みのような?でもそう思ったのは登場後数分くらいで、あとは慣れてほとんど気にもならなかった。というか、物語にすぐ集中しないと!だけど、もうすこし透明感のある声がよかったなあ。とくに楓役の女の子。そうかといってロリ声も嫌なんだけど・・。
九太は髪型がちょっともさもさしてて、けもの的には溶け込んでいる感あり(笑)。だけどあと3センチ短い方がイケメン度上がるなと思った。と、全然内容と関係ないことに気を散らしてはいけませんね。
映画は2時間未満の中に、さまざまな要素を詰め込むから大変なんだろうなあとは思う。今回は渋谷センター街とつながる、パラレルワールド?あるいは表裏に存在する渋天街。っていうふたつの世界を行き来するファンタジーのような設定なので、(いや、パンフすら買ってなくて正しいことはわからないのだけど・・)そういう構成も理解しながら、登場人物の生い立ちや生活背景もふむふむと頭におきつつ、変化していく熊徹と九太の気持ちを追っていく。
それってとても密度の濃い情報。子どもでは追いかけきれなかったかな?と少し思ったりもした。
エピソードたくさんたくさんで。
だけど。
親子というのは。家族というのは。血のつながりだけではないんだろう。
じゃあ、何なのかな。ともに共有する時間と、相手を知ろう!知りたい!教えてほしい!と願う気持ち。
無関心の反対はなあんだ?
あるいは。
好きの反対は?答え:無関心といわれることが一般的。
熊徹はひとりぼっちで大きくなって、強くなってきた。愛し方なんてわからなかった。また愛され方もわからなかった。家族を知らなかった。九太(蓮)も8年の間にすごく変わったけど、うさぎのそんし(字がわからない・・)も言ってたけど、心が成長したのは熊徹さんのほうだったのではないか。
子どもだってはじめと同じままではないし。ちゃんとわかって大きくなっていく。
親って、最初から親なのではなく、子供が生まれて、苦労しながら、ときに自己嫌悪に悩まされながら親になっていく。
きっと熊徹さんもそうだったんじゃないかな。
ほんとうに、せっかく死なないですんだというのに、我が身の姿を変えてまで、九太の力になろうとして、その望みをかなえた。
細かいところなんて吹き飛んでしまった。熊さんの愛情に。しっかり応え、おっきくなった九太の姿に。
他人であっても。種族が違っていても。言葉がちょっとかみ合わないことがあっても。お互いの前から逃げ出さない。呼び合っていたふたり。
それはもう一組の親子、一郎彦とそのお父さんとの対比で明確になるんだよね。
それからすりガラス越しにしか見えなかった、楓の両親の姿とか。
家族のこと。偏見のこと。自分が置かれてる状況で見え方は違ってくるのかも知れない。時間を置いて、また観てみたいかな。今度は細かい設定なども確かめたりして観てみたいなと思った。
おしまい。
時かけのときも、サマーウォーズのときも、オオカミこどものときも、DVDで楽しんで。そうそう、サマウォはブルーレイディスクも持ってるんだよ!・・・だけど、映画館で見る楽しさ、贅沢さって別モンだと思う。音が飛び出して聞こえてくるし。ご飯粒が飛んでくるし。刀身が切る風が伝わってくる。・・・
物語のネタバレは・・あるのでご了承ください。
あと、先入観なく感想が書きたいから、検索とかしないでわからないことはそのまんまに書きたいと思います。※間違ったところがあったらごめんなさい、ということです…。
うーん。何を思ったかというと・・
声優さんの声ってとても大切だと思う。俳優さんは演技も含めて俳優さんだけど、アニメーションにかけては声優さんのほうが上なんじゃないのかなって思ってしまう。だって声だけですべて表現するんだもんね。尊敬してしまう!青年期の九太と楓の声。ちょっとなんか違うかなあって思ってしまった。くぐもってるというか、ちょっと棒読みのような?でもそう思ったのは登場後数分くらいで、あとは慣れてほとんど気にもならなかった。というか、物語にすぐ集中しないと!だけど、もうすこし透明感のある声がよかったなあ。とくに楓役の女の子。そうかといってロリ声も嫌なんだけど・・。
九太は髪型がちょっともさもさしてて、けもの的には溶け込んでいる感あり(笑)。だけどあと3センチ短い方がイケメン度上がるなと思った。と、全然内容と関係ないことに気を散らしてはいけませんね。
映画は2時間未満の中に、さまざまな要素を詰め込むから大変なんだろうなあとは思う。今回は渋谷センター街とつながる、パラレルワールド?あるいは表裏に存在する渋天街。っていうふたつの世界を行き来するファンタジーのような設定なので、(いや、パンフすら買ってなくて正しいことはわからないのだけど・・)そういう構成も理解しながら、登場人物の生い立ちや生活背景もふむふむと頭におきつつ、変化していく熊徹と九太の気持ちを追っていく。
それってとても密度の濃い情報。子どもでは追いかけきれなかったかな?と少し思ったりもした。
エピソードたくさんたくさんで。
だけど。
親子というのは。家族というのは。血のつながりだけではないんだろう。
じゃあ、何なのかな。ともに共有する時間と、相手を知ろう!知りたい!教えてほしい!と願う気持ち。
無関心の反対はなあんだ?
あるいは。
好きの反対は?答え:無関心といわれることが一般的。
熊徹はひとりぼっちで大きくなって、強くなってきた。愛し方なんてわからなかった。また愛され方もわからなかった。家族を知らなかった。九太(蓮)も8年の間にすごく変わったけど、うさぎのそんし(字がわからない・・)も言ってたけど、心が成長したのは熊徹さんのほうだったのではないか。
子どもだってはじめと同じままではないし。ちゃんとわかって大きくなっていく。
親って、最初から親なのではなく、子供が生まれて、苦労しながら、ときに自己嫌悪に悩まされながら親になっていく。
きっと熊徹さんもそうだったんじゃないかな。
ほんとうに、せっかく死なないですんだというのに、我が身の姿を変えてまで、九太の力になろうとして、その望みをかなえた。
細かいところなんて吹き飛んでしまった。熊さんの愛情に。しっかり応え、おっきくなった九太の姿に。
他人であっても。種族が違っていても。言葉がちょっとかみ合わないことがあっても。お互いの前から逃げ出さない。呼び合っていたふたり。
それはもう一組の親子、一郎彦とそのお父さんとの対比で明確になるんだよね。
それからすりガラス越しにしか見えなかった、楓の両親の姿とか。
家族のこと。偏見のこと。自分が置かれてる状況で見え方は違ってくるのかも知れない。時間を置いて、また観てみたいかな。今度は細かい設定なども確かめたりして観てみたいなと思った。
おしまい。