今日はブログを書くのもさておいて、ある特性をもつ人についての記述ばかり読んでいました。

ひとりでごはん食べるのが気楽で好き。でも仲間はずれでひとりなんてそれはそれでいやなんだけど。
暗黙のルールとか、空気を読めてるかビミョー。
なんとなく生きづらいなとおもったことがある。思うことがよくある。対人が不器用である。
何かへの自分のこだわりがしっかりとある。洗濯物の干し方ひとつとっても譲れないものがある(笑)
まぶしいのが苦手。
周りがうるさいと落ち着かなくていらいらする。
ほかにも読めばあてはまるところがいくつも見つかった…。今あげたものはアスペルガー症候群の特徴なんですが、これが私、すごくあてはまってる気がするのです。

ほんとは医療職なんてもとから無理だったんじゃないか?というくらい特性から照らし合わせると適性がないみたいな気がしてしまいます。対人能力が必要だと思われるからです。なんでこれまで同じ仕事を続けてこられなかったのか。あるいはそれでもすっかり足を洗うことができなかったのか。ひとつはそれでも私なりに人間が好きだからだったと思うし、やめてしまったのは、また、人間が嫌いになったからなんだと思います。

症候群と言われてますが、これは病気なんかじゃなくて個性なのではないだろうか、薬を与えて矯正しなければいけないようなものではないと、思うのですが。ただ、生き方がうまくないということは学習によって克服も可能なのではないかと、予備軍の可能性あり。な私としては思うのであります。検査を受ければはっきりするのでしょうが…でも、こういうものってはっきり数字で表せるものではなく、グラデーションのように濃淡がある、あいまいなものなのかも知れません。
理由がある。ということがわからなかっただけの時よりも、楽になるならそれでいいと思うし、その障害が自分を苦しめるなら適切な治療が必要なのだろうと思います。

そもそも、アスペルガーなどについて調べ始めたのは、若年層のこれらの障害に対する治療には保険が適用されるようになったけど、それでも高い治療で負担が大きいというのを知ったのが発端です。もともとの器質に対してなんで投薬?でもほかの精神疾患だったら薬飲むか。だけど、性質と障害では随分印象が違うように思うのですが。

私は周囲の目を気にするところがあり、そういう点ではアスペルガーの特徴とは違うかもだけど、それも後から獲得した生きるための技術なのだろうか?とかね。

自分が自分らしくあることはいけないことではない。けれど、それで自分がつらいのならこれを生きやすくするための手段はあっていいのかも知れない。

なんてことを考えたら、でも、なんとなくこれまで生きてきた中でおきた出来事や、楽しいと思うこと、つらいと思ったことなど、いろんなことがぴたっときて、違うかも知れないけれど、楽になったような気がするのです。
(あのときのあの結末は)なんでだったのかなあ?というような小さく残り続けるギモンに対する理由が与えられたからなんだと思います。そう、いくつになっても自分は何なんだろうっていうことは探し続けるのでしょう。そして、合っていたのかどうかわからない仕事だけど、こういう私がいて、誰かの役に立てるのならそれが幸せなことなんだろうって思うのです。