69回目の終戦記念日。

天気は晴れ。当時のその日も暑い日だったのだろうか。


前の戦争とこれからの戦争。未来の歴史の年表で、2014年の時点を振り返ったときどちらが近い位置にあるのだろうかと気になる。新しい終戦記念日など必要ないのだ。人間史の中でまれにみる争いのない時代というのを織りなしていくことは不可能なのだろうか。誰が殺し合いを望んでいるだろうか。誰が得をするのだろうか。それから目を離さずに生きていくことが私にできることのひとつだ。


ともあれお盆休みであった。


六本木というと夜遊び向きの街というイメージがある。六本木ヒルズには行く用もないから行ったことがなかった。昨日その「ろっぽんぎしるず」(江戸っ子だから、「ひ」と「し」の区別がつかねえんだ笑)に行ってきたのは、展覧会の割引券をもらっていたからだ。


ゴー・ビトゥイーンズ展:こどもを通してみる世界


ご興味があればこちら をどうぞ…

以下、専用ウェブサイトにある展覧会の案内文を抜粋


19世紀後半のニューヨークで貧しい移民の暮らしを取材した写真家ジェイコブ・A・リースは、英語が不自由な両親の橋渡しとしてさまざまな用務をこなす移民の子どもたちを「ゴー・ビトゥイーンズ(媒介者)」と呼びました。
本展は、異なる文化の間、現実と想像の世界の間など、さまざまな境界を自由に行き来する子どもの性質に注目し、子どもの視点を通して世界を展望しようとする試みです。世界各国の優れたアーティスト26組の作品に表れる子どものイメージを通して、社会で起こっているさまざまな事象に注目し、政治、文化、家族など子どもを取り巻く環境と、彼らが直面する諸問題に目を向けます。さらに、遊びや夢、記憶などをキーワードに、大人の常識や伝統の枠組みにとらわれない子どもの創造性と、その多様な感覚に迫ります。
環境に翻弄される存在であると同時に、行き詰まった情況の突破口ともなり得る子どもの潜在能力は、未来への鍵となることでしょう。境界を超える子どもの姿を通して、より多様な価値が共存する、新たな世界への可能性を探ります。


感想


子どもというと、ぽわぽわと幸せそうにしている、悩みがなくてのんきそう、なんてイメージがあるかもしれないけれど、ほんとにそうだっただろうか?そうなのだろうか。

知恵も知識も経験もなく、自由に使えるお金もなく、ずるさもまだ持ち合わせていない子どもが生きる世界というのは、大人が思うよりはるかに苛酷な場合がある。それを強く感じた。

見ていて、沸き起こる感情はあまりよくないものだった。気にも留めてなかったけど、ある国の女の子たちが養子縁組をして外国の義理の親のそばで暮らしている。幸せそうにほほ笑むその子たちではあったけど、どうして女の子ばかり、結構かわいい子たちばかり、なんかあやしい感じがしちゃう…と疑いのようなものが浮かんできてしまうんだ。私の心が汚れているからだろうか。

韓国の女性カメラマンによる家族の写真、学校生活の写真など。その「国」のひと、としてではなく、暮らしのあるひとりの人というものが浮かびあがってくる。そして私の中にある微妙な感情。だめだと思いながら、

反発するものが潜んでいることを思い知る。レキシの方向を変えていくことで消えていくだろう感情。

日本のカメラマンによる孤独なこどもは、日本人だったりとか。まあ、いろいろ。

映像作品が多かったのも特徴だっただろうか。抽象的で、つげ義春の世界を彷彿とさせた、近藤聡乃「きやきや」。わかりにくい。わかるというのは、個人的な体験だ。作家の意図とずれていたとしても、自分なりの解釈があり、すとんと腑に落ちれば、それがわかった。ということなんだと思う。わからないともやもやする、算数の問題もわかるとすっきりするのと同じように、自分なりの答えを求めながら見るのが、現代美術なのかも知れない。普段見てるアニメーションのやさしいことを実感(笑)

戦争のさなかにいる子どもがいる。パレスチナ自治区の少女と想像がもたらす幸せと、扉の外の現実についてのショートフィルム。おりしもイスラエル軍によるガザ地区への攻撃が始まり、映像は空しくも感じられた。子どもの想像力は無尽かもしれないけれど、命は有限で、奪うのはたやすいことだ。きれいな言葉でごまかすのはやめたい。


むすめには、なんでも見てほしい、感じてほしい。小説にしろ、画にしろ何かを作って外に出したいと思うなら、きれいなものも汚いもんもひっくるめてのこの世界を一緒に見たいと思う。

別に年齢制限のある作品はなかったけれど、菊地智子の映像や梅佳代の写真は強烈で、ちょっとすごかったな。「わ~っ」と言いながら、目隠ししたくなる親の気持ちっていうのが少しわかった気がする。何がおきてこの映像につながってるとか、そういうリクツがない分、媒体そのものから受ける印象はより強いものになるのだろう。

絵本のコーナーも充実していた。自分が慣れ親しんだ懐かしい絵本、むすめが好きだった絵本とかいろいろあって懐かしさを味わう。どろんこハリーとか大きなかぶとかあったね。ぐりぐらは親子共通。ちいさいおうちも。


せっかく52階からの展望も楽しめるようにと合わせてチケットを買ったんだけど、ひととおり見終わったあとはくたびれて、お腹もすいて、景色は「もういいや」ということであった。おつかれさま!

まじめで地味な部類の展覧会だったかも知れないけど、夏休みのせいかたくさん人が来ていた。いつか子どもだった人も、現在進行形子どもの人もいた。その共通体験が作品をみるときのコンパスだったんだと思う。