気づけば部屋に射し込んでくる日の光も少し穏やかなものになってきた。

目に見えて日の出が遅くなるのはまだ先なのだけど、だんだんに、遅れることなく、季節は次へと変わっていく。
緩やかで気づかないくらいゆっくりと、だけど正確に。

蝉が朝から鳴いている。

この数日で、何匹もの蝉の亡骸を見かけた。
アスファルトの駐車場の上で、お腹を見せて転がっている蝉は土に還ることもできずに、分解されていく様子もなく、無機質なものに見えて、気の毒な終わりのような気がする。
カサカサしているみたいだ。

長い地下生活を経て、地上の生活を数日間で終える。

去年の夏、美術館で見た高村光太郎の蝉は木からまるまる掘り出され、それは生きてるかのようなエネルギーを放っていた。

蝉がよしずにつかまり、鳴き始めれば、それはもう騒音と言いたいくらいけたたましい。
エネルギースイッチを最大にしたまま、彼は数日間を生きるのだ。

蝉の時間のメインは、地面の下でまどろんでいる長い長い静的な時間なのかも知れない。

せめて人生(蝉生)を全うできるように、運悪くひっくり返り腹を出してもがいているやつに出会ったときは、傘の柄とかでひょいとひっくり返すようにする。
直接触るのが怖いのだ。

要らぬ世話かどうかわからないけど、コンクリートの世界で生きづらいのは虫のほうがそうなんじゃないかと思う。

ジジッと渋い音を立て、蝉は飛び去る。

幾らか秋めいた朝は消え、夏の後半戦は続く。