推理小説っていうのは、ニ回目以降の読書が肝心だろうと思う。

読み終えた直後は興奮して頭がグツグツ煮えた感じなので、少し冷めてからまた、もう一度読み直すと一回目に読み飛ばした箇所や、気づかなかった伏線に気づくこともある。

今、部屋の片付けを進めているため、本も吟味してる(つもり)。
そこで、2001年に初版されたハヤカワ文庫のフェニモア先生シリーズを処分しようと思い、その前にもう一度読もうと当時3冊出ていた小説を読んでいる。
しかし、今本屋さんで見かけないので、まあ、そういうことなんだろうなと思う。

フェニモア先生はフィラデルフィアの町医者で、副業で探偵をしているという設定。
シリーズニ冊目「フェニモア先生、人形を診る」で、先生の友人で刑事のラファティが言ってた言葉が、印象的だったためそこだけ入力して保存しておいた。


正気のときに犯さないような犯罪は、薬やなにかの影響があっても決して犯さない。


という台詞だ。

よく事件の報道などで、事件の直前薬物(ドラッグ、アルコールなど)を服用していた可能性があると付け加えられたりするけど、あれはどういうことなのだろう。

また、疾患などの影響であるとか。

彼の台詞から考えると、もとよりそういう素質があるから犯罪を犯すのであり、薬や何かが直接的な原因になるのではない。ということになる。
クスリをやったから、車で暴走して人をはねまくるのではなく、正気でも暴走するような人間が偶々、クスリをやっていた、ということになるのではないだろうか。

怖いけれど、それは現実の世界でも言えることのような気がして、気になる台詞だった。

そうだなあ。例えば~。
罹患してるほとんどの人間はそんなことしない。
罹患してない人間が犯罪者の多数を占めてる。

また、原発の再稼働とかもはやリスク高過ぎで、それやっちゃう方が犯罪じゃね?と思うし。

脱線脱線。

その人を形成する根幹が重要だと。ただドラッグとかに手を出すということについては、その過程でその人の人格、環境などが影響しそうだ。罪を犯す人間の根幹って…

書いてるうちにわからなくなってきたので、この辺で…

この小説は保留。他から仕分けているところ。