2024/05/29(水)〜06/02(日)

支社長のお言葉に甘えて次の入退院後まで休みをもらった

出来る限り少しでも今まで通りの生活がしたいので、最低限いつも通りの時間に起きる事を心掛けた

毎朝、息子と嫁ちゃんを仕事に送り出す

その後は身体を動かすとすぐに疲れて動けなくなってしまうから、溜まりに溜まった録画を観ていたんだが、再生途中で途中で眠ってしまう

眠いから寝てしまう感覚ではなく、いつの間にか落ちてる

気絶していたのかもしれない

で、観た記憶があるところまで遡って再視聴

コレを何度も繰り返す

1時間番組を観るのに4〜5時間くらいかかるから、点滴と放射線治療に行くまでに観られても2番組程度

起き上がるのは通院時とトイレのみ

トイレは1日1〜2回(小のみ)


大丈夫?』が嫁ちゃんの朝の挨拶に変わった

家族の目の前で日々衰弱していく自分に腹立たしかったのは最初の2日くらい


それ以降から感情などなくなってしまっていたと思う

点滴すれば少しの間だけ回復したが、保つ時間も数時間のみ



2024/06/03(月)

13:00より入院

荷物を持ち込んだ途端、連れられて行ったのはナースステーション前の体重計(身長測定付き)

最初の入院時に測定した時から15kg減っていた

3日で1kgのペースで減量していた

いや、最初の頃は飲食出来ていたから、ここ最近はもっと早いペースで減っていたはず

後に嫁ちゃんは、『赤ちゃんの様に毎日顔が変わっていった感じだったよ、赤ちゃんと進行方向は逆だったけれどw』と半笑いで言ってたな…

今となれば笑い話にも出来るが、当時は見たくなかったらしい(もちろん後日談)

この日から毎日の体重測定と、栄養補給の点滴と繋がった生活が始まった



2024/06/04(火)〜07(金)

またまた夕刻より、第3回チキチキ抗がん剤注入バトル!が始まった

記憶が曖昧なんだけど、左から栄養補給、右から抗がん剤を入れられてたはず

今回も8時間耐久レース(終了は01:00AMくらい)だった

この辺りから1日が24時間サイクルでなくなり、起きてる時間は連続でも6時間程度しか無理になった

入院中は血圧・脈拍・血中酸素濃度等の測定が、朝・昼・夕とあり、その度に起きたり起こされたり

あと、大体15:00くらいに毎日嫁ちゃんが見舞ってくれていたから心配かけない様に努めて元気に振舞っていた

但し、嫁ちゃんが帰る時の見送りはベッドの上からとなっていた


この頃オイラが留守の間に嫁ちゃんにちょっとした事件(?)が起きていたが、素振りも見せないし、自分の身体が大変だったから知る由もなかった