昨日、結婚情報サービスのことをブログの中でちらっと触れたが、今日はその補足の意味もこめて綴る。

 もともと、大手の結婚情報サービスでは出会うきっかけは演出しても、相手の内情までは立ち入らない(立ち入れない現状もある)。そして、過去に僕自身が活動してきて感じてきた不満は、大都市型の結婚優遇主義をとっていることだ。特集記事で、結婚の記事は組むが、同居などを結婚のこじれにつながるとして忌避しているのを感じるのだ。しかし、地方では様々な事情で同居の習慣が維持されているところもあり、とりわけ嫁しゅうとめの問題の起きやすい都会と違って、うまくこの問題を切り抜けてやっているところもあるのだ。

 核家族化、無縁社会の問題も、ただ行政の責任といって切り捨てるのには無理がある。子育ては特に、親一年生ともなれば指南役がいるはずだし、周りとの関係なくしては成立しない。今、子どもの虐待に走る親が出てしまうのには、「孤立」があるのだと、僕は考える。結婚以前の家族のあり方が問われているし、そして結婚を自分一人のためとしかとらえない風潮を、我々も後押ししているかもしれない。

 細木数子さんは、しきりに「先祖」を敬うということを強調する。これは、我々が先祖によって生かされているという縁にもとづいたものといえる。はぐれて一人人知れず旅立っていった肉親を顧みず、個人の幸せを謳歌するなど、そんな幸せはまことに薄っぺらなものだ。

 仮に僕が、こういう問題を結婚情報サービスに糺しても答えは返ってはこないだろう。それでも、結婚は一人だけのものですか?

 これだけは、絶対撤回せず質し続けたい。