ブログネタ:教えて!電話やネットにまつわる「ちょっといい話」
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祖母の家は私の家から歩いてわずか2、3分のところにあったので、小さい頃から祖母の家にいりびたりでした。
祖母の家は私の家から歩いてわずか2、3分のところにあったので、小さい頃から祖母の家にいりびたりでした。
毎日顔を合わせるので、お互いに居て当たり前の存在でした。
それが、17歳のとき、家庭の事情で故郷を去らなければいけなくなりました。
その時何よりも悲しかったのが、大好きな祖母との別れでした。
おばあちゃんが歳を取って死ぬまではずっと近くに居られると、何故か幼いころからそう信じきっていたので、そのような思いがけない現実に直面したときは本当に悲しくて、毎晩祖母の家にいって、遅くまで泣きながら別れを惜しんでいました。
故郷の四国を離れて関西に出てきました。
最初はまめに電話をしたり、手紙を書いたりしていましたが、いつの間にか社会人になり、今の生活に追われるようになって、田舎に帰る回数も歳とともに減っていきました。
田舎を去る頃は元気だった祖母ももう80歳後半。
電話をするたびに私の声が聞き取りにくいみたいで、大きな声で「えっ?なにいーよん?聞こえん?」と繰り返す
ようになりました。私は何かで歳をとると、高音が聞きにくくなると聞いたので、できるだけ声のトーンを落として低音で話すようにもしました。でもやはり電話の声は伝わりにくく、日増しに電話での会話が困難になってきました。
それでも祖母は、私からの電話と聞くと、会話ができなくても必ず、自分の部屋からでてきて、玄関先に置いてある電話のところまで飛んで来てくれていました。
関西に出てきて、13年目を迎える頃には、祖母もほぼ田舎で寝たきりの生活になりました。それでも私からの電話と聞くと、玄関までゆっくり伝い歩きをしながら受話器のところまでやってきてくれました。
今は天国にいるおばあちゃん。
あの時は玄関先の電話がとても遠かったよね。今なら携帯電話で寝たままでも簡単に話せるんだよ。
もちろん、もう知ってるか。
今となっては、二人の会話は永遠にコードレスで、ボーダレスだもんね。
