今回は、『蔵出し子育て情報』を送付させていただきます。

 

=『さかなクン』が、さかなクンになるまで=

 

 

このテーマは、私自身、興味があった内容でちょっと時間をかけて調べた内容です。

なので、『蔵出し子育て情報』というわけです。

 

参考:本『一魚一会 ~まいにち夢中な人生~』

   

 

1,       さかなにドはまりするまで

 

さかなクンの興味の流れ➡ダンプトラック

 

➡ごみの収集車➡妖怪『ゲゲゲの鬼太郎』(絵を描くことが好き)

 

➡小学生時代、自分のお絵かきノートにいたずら書きされる。

※ウルトラマンと闘う怪獣のいたずら書き。(その怪獣がわからない)

 

➡ウルトラマンと闘う怪獣が『タコ』と知る。

 

➡『タコ』にドはまりしてから魚へ

 

※ドはまり、過集中、感動しやすい、発達特性。

(ダンプカーかっこいい、水族館行ってもタコだけ数時間)

 

※高校3年生『第3回全国魚通選手権で準優勝』

 

※小学生時代の夢「水産大学の先生になる」

 

<チェックポイント>

☑親がドはまりをどこまで許容できるか。

(「勉強しなさい!!、アンタいつまでそればっかやっているの!!」なんて言わず。)

 

☑感度を磨く。(子供の好きなことを追求できる環境を作る)

 

☑感動しやすい人は、好きな事を見つけやすい。(親の感度が重要)

 

2,仕事になるまで

 

    高校3年生

➡東京海洋大学志望するも進路面談で先生よりダメだし

 

➡水族館で働くために専門学校へ➡インターンで水族館で働くも全然、仕事ができなくて怒られる。

 

➡魚類専門のペットショップで働く➡水族館や熱帯魚屋など、魚に関係するアルバイト転々する。

 

➡寿司屋の休憩中に水槽で泳いでいる魚の絵を描いている時、

 

すし屋の大将が、すし職人は向いていないけど、

 

「お店の壁に絵を書いてよ」と提案をうけ、数カ月で完成。(ここターニングポイント)

 

それを見た他店舗や企業から絵の依頼が舞い込むようになった。(キタ!!)

 

アルバイトを継続しながら兼業イラストレーターとして活動を始める。

 

テレビのドキュメンタリー番組に出演したことで、(キタ!、キタ!)

 

芸能事務所の会長の目に留まり、水族館での絵の展示などをサポートしてもらえるようになった。

 

それ以降、魚専門家としても活動している。

 

2006年、東京海洋大学客員准教授になり、夢が実現する。(ドッカーーン!!)

      

<エピソード>

 

1,授業中は絵を描き、休み時間は図鑑を見たりして授業を受けていなかったさかなクン。

 

通知表は毎度、「2」がズラリと並んでいる状態だったそうです。

 

特に算数はちんぷんかんぷんで、答案用紙に魚の絵を描いて提出することもあったとか。

 

2,通知表をもらう日は寿司屋に食べに行く習慣があったといいます。(笑)

 

そこには普段は仕事で家を空けていることが多い厳格な父も一緒。

 

個室で通知表を見た父はテーブルを思い切り叩く音とともに

 

「なんだこれは!なにやってんだ!どうなってるんだ!」と怒鳴る。

 

お父さんの気持ちもわかります。

3,自伝を読む限り、学校の成績が悪かったというだけでなく、他の職業につくこともなかなか難しかったことが語られていました。

 

4,現在は、東京海洋大学客員准教授・名誉博士にまで出世したさかなクンですが、

 

もしも、母親も彼の好奇心や行動力を制限する方向に働きかけてしまっていたら、

 

現在のさかなクンは存在していないことでしょう。

 

<さかなクンのお母さんから学ぶ教育法>

 

【もし夢中になっているもの、大好きなことがあったら、ぜひ続けてみてください。

 

好きなことを追い続けるのはすばらしいです。

 

ひょっとしたら将来の道にはつながらないかもしれません。

 

途中でスーッと気持ちが冷めてしまうこともあるかもしれないし、

 

全く別の道に歩むことになるかもしれません。

 

それでもいいと思います。

 

夢中になって一つのことに打ち込んだという経験は決してムダにはなりません。

 

人生のどこかできっと役に立ちます。】

 

 

とっても身近で、夢を持たせてくれる話だと思っています。

 

子育てをツライとか、シンドイと思っている時、

 

すこしでもホッコリしていただけたら幸いです。

 

すららコーチ わかなべ

 

        追伸:私も、いまだ修行中です。

            ともに子育てをがんばりましょう!!