本記事の目的

 まず初めに、この記事の目的をお伝えしたいと思います。

 最近、渡辺裕之さんと上島竜兵さんが相次いで自ら命を絶ちました。


私は、同じような生きづらさを抱えながら生活している方、特に子供達は人生経験が浅いために大きな問題をはらんでいるだろうと思い、「同様の悲劇を起こさないために、今彼らのような人達の周りにいる私達が肝に命じなければならない事は何なのか?」ということについてお話ししたいと思いこの記事を書きました。


HSP、HSCについて

 結論から言うと、私の知る限りでは、お二人はHSP「人一倍敏感な人」(Highly Sensitive Person =HSP、子供の場合はHighly Sensitive Child=HSC)ではないかと思っています。

 このHSPは5人に約1人いると言われる先天性の特徴で、大人になっても変わらないものですが、「障害」ではなくあくまで「気質」と扱われているものです。特質としては以下の5点があると考えられます。


《感受性》

 周囲の人や状況による刺激を全身で受け止めてしまい、それによって気持ちを激しく揺さぶられるために精神的に疲れやすい。“完璧”が崩れないように努力することで精神的動揺を抑えようとする。

《共感性》

 相手に過度に気を使い「迷惑をかけてはいけない」「こちらからの相談事は迷惑になる」「気分を損ねさせてはいけない」等と細心の注意を払う。特に子供の場合「人に手をかけさせない良い子」と誤解される。

《五感過敏性》

 聴覚、触覚、臭覚、味覚、視覚の外部刺激に過度に敏感に反応する

《順応性》

 自分のストレスを周囲に気づかれないように耐えようとする(自分の問題事を周囲に伝えて面倒をかけたくない、視線を浴びたくない等の気持ちから)

《想像性》

 年齢にそぐわない大人びた発言をしたり、ユーモアで周囲を和ませたり、命がない物を擬人化したりする。


お二人の特徴

 以下に、お二人に特徴的に見られる性格や言動について、報道されている記事から分かることを紹介します。なお、それぞれHSP(HSC)の上記の特徴のどれに当てはまるかについても付け加えています。


《渡辺裕之さん》

人一倍家族思い(共感性)

・心配性(感受性)

・何事にもストイックで一生懸命で手を抜くことをしない(感受性)

・すごく臆病。何でも慎重(感受性)

・いちど始めた事はとことん突き詰めるタイプ(感受性)

・何に対しても勉強家でこだわりが強い人(感受性)

・生真面目(感受性)

・渡辺さんは神経の細やかな人柄で知られた(感受性)

・集積場にある他人のゴミも、生ゴミと缶とにきれいに分別していた(感受性)


《上島竜兵さん》

・仕事に恵まれないでいた若手後輩の面倒見がいい(共感性)

・売れない芸人に対して「俺はお前が好きなのに、なんで仕事がないんだ」と号泣。また「俺はお前がいないと生きていけないんだ」という言葉をかけた。(共感性)

・後輩に相談に乗ってもらったり、ひどいときは泣き付いたりする。(感受性)

・人を馬鹿にする笑いが嫌い(共感性)

・今後の抱負を何度聞かれても「現状維持」と謙虚な姿勢を崩さなかった(感受性)

・シャイ(感受性)

・誰にでも腰が低い(共感性)


 お二人が最終的にどんな事に心を揺さぶられて死を選んだのかは分かりませんが、特に「感受性」と「共感性」に由来する上記の言動が目立つことから、外部からの刺激に心を揺さぶられやすい特質を持っていたという可能性は高いと思います。


 因みに、私が教師時代に出会ったHSPのような感覚過敏性を持った子供達の中にも、不登校に陥ったり、陥りやすい危険性をはらんでいたりした子供がいましたし、そういう子供達の問題に警鐘を鳴らす文献もたくさんあります。


HSP(HSC)の社会的な認知

 実は「人一倍敏感な子供」と呼ばれるHSPは、一般的には正式な病気や障害とはみなされていません。なぜなら、感覚過敏性は、その種類として五感刺激への敏感性や人や状況に対する敏感性とがあり、それらの発生原因にしても、遺伝的体質による場合や叩かれて育った生活環境による場合、更に同じ環境要因でも過保護な環境で育ちストレスへの耐性がついていない場合等、様々なケースに共通して見られる特性であり、それだけで「感覚過敏症」という独立した診断を下すことは危険だという考えが専門家の中にあるからだとされています。

 しかし、特に子供のHSCと言う「他者に過度に気を使い外部刺激を過敏に受け止めてしまう子供達」という概念を社会の中で明らかにしなければ、HSCを普通の子供として扱い「忙しくて話を聞くのが面倒」「子供なのに大人に手をかけさせない良い子だ。だから今のまま大人の言う事を受け止めさせて構わない」等と考える大人に激しく揺さぶられてストレスを溜める子供が次々と現れるでしょう。しかしその子は周りの人達に気を遣って自分の不満を伝えようとしないために周囲はその存在に気づきません。気づくのは、子供が不登校や引きこもりに陥った時、場合によってはそれが自殺と言う深刻な問題として表面化した時かも知れないのです。


 HSP(HSC)への理解

 もちろんHSPの人全員が自死の危険性が高いと言うわけではありません。HSPの提唱者であるエイレン・アーロン博士は「大人との愛着で安心感を得ていれば、初めてで刺激の強い状況でも、一定の警戒心を見せるものの、非HSCに比べて特別大きなストレスを受けるわけではない」と指摘しています。今振り返れば、私も現職の頃に、何人ものHSCの子供達に出会ってきましたが、HSCの特性がプラスに働いた優しく賢い子供達が多かったです。

 ただし、先天性の繊細な性格を持っている子供が、更に、一生の人格を決定付ける乳幼児期に十分な世話も受けることができない、つまり先天性の特質に後天性の負の生活環境も重なった場合には心の安定性が著しく損なわれることが考えられます。先のアーロン博士が「大人との愛着で安心感を得ていれば」と条件を付けているのも、言葉を変えれば「乳幼児期に大人との愛着で安心感を得られなければ、非HSCに比べて特別大きなストレスを受けることになる」という意味と捉えることができるのです。

 乳幼児期に養育者から適切な養育を受けた子供は、その後の人生を「自分の周りの人は自分を愛してくれるはずだ」と思える基本的信頼感と、不安な状況下でも「自分は大丈夫だ」「何とかなる」と思える「基本的安心感とに支えられて生活することができるようになりますが、特に感覚過敏性を持った子供がこれらの安心感を獲得できなかった場合にはより大きなハンデとなるでしょう。

 因みに、その乳幼児期にどんなことに気をつけて育児をすればいいかについて関心のある方には、私のこれまでの子育て一般についての考察をまとめた記事「まとめプレゼンテーション」シリーズの「まとめプレゼンテーション3(愛着形成に必要な育児環境②)

をご参照頂ければと思います。


 更に、幼児期以降で最も注意しなければならないのは、他者への共感性が高いHSCが「相手に手をかけさせない良い子」としてむしろ「歓迎するべき子供」として誤解されているということです。子供がそのままの生活を続けた場合、先のように「子供なのに手がかからない良い子だ。だから今のまま大人の言う事を受け止めさせて構わない」と考える親に気遣ったり、「『良い子』という今の親の期待を裏切りたくない」と思ったりすることによって、誰にも問題事を相談できなくなり、やがて思春期や青年期後期に先に挙げたような深刻な問題となって表面化する場合があります。


 HSCの詳しい特徴については、同上シリーズの「まとめプレゼンテーション最終回(自閉症スペクトラム障害とHSCへの支援の仕方)

の3枚目のスライドをご参照ください。


普段の接し方

 現時点で私は、HSCの親を始めとして、周囲の大人達が日常的に気をつける事は特に次の2つだと考えています。

相手を子供扱いせず、考えや立場を尊重して接すること(例えるなら「職場の同僚や大人の知人のように」)

話を最後まで否定せずに聞くこと


 この詳細については、上記「HSP(HSC)への理解」の件で紹介した記事「まとめプレゼンテーション最終回(自閉症スペクトラム障害とHSCへの支援の仕方)」の4枚目のスライドで説明しています。子供の一生に関わるとても大切な事柄なので、是非ご確認ください。


 外見は、とても賢く聞き分けの良い子供に見えるかもしれませんが、所詮は子供であり、しかも普通の子供以上に「みんなに迷惑をかけてはいけない」等と考え、学校では努めて「良い子」を演じることによって、ストレスを周囲に発散せず自分の中に溜めるタイプです。

 今でも学校の教師達が「どうしてあんなに分別のある子供が学校に通えていないのだろう」と思う子供がいる場合には、家庭の中で親御さんだけに「学校に行かない!」とストレスを爆発させているかも知れません。


 子供の頃から「遠慮しないで周囲の人に自分の気持ちを話していい」ということを認識させて、出来るだけストレスの少ない人生を送らせてあげたいものです。