【今回の記事】
「愛着障害の克服〜『愛着アプローチ』で、人は変われる〜」岡田尊司著(光文社新書)より

【記事の概要】
 高校2年生の男子生徒は脅迫症状や不安症状のため、勉強や学校生活に支障が出ていると受診してきた。この男子生徒の脅迫症状は、正確さにこだわってしまうというもので、文章を読んでいても、特定の語句の意味が曖昧にしかわからないと、そのことが気になって次に進めなくなってしまう
 適当にできない傾向は、友人とのコミニケーションでも見られた。友達にかける言葉の一言一言についても、相手の反応が少し悪かったりすると、何か変なことを言ってしまったのではないか、怒らせてしまったのではないか、と気になって、そのことばかりを考え続けてしまう
 その後、彼の母親と話をする中から、家族の状況が少しずつ分かってきた。夫婦仲があまり良くなく、以前から衝突することが多かったこと。そのことで母親自身、結婚したことを後悔することも多かったこと。父親は本人が高校受験に失敗して以来、本人のことを否定的にしか見ていなかったこと。彼のは、弟に対するライバル心が強く、顔を見ると本人を傷つけるようなことばかりを言っていたこと。
 恥ずかしながら、その時の私の中には、そういう治療オプションは、それまでなかった。「強迫性障害は薬物療法と行動療法」と言う、医学モデルに基づく治療の選択肢しか想定していなかったのである。
 そのうち、母親自身が、カウンセリングを受けたいと自分から希望してきた。私も半信半疑で、お母さん自身が苦しんでいるのなら、お母さんのためになるかもしれないと言う位の気持ちで、「では、やってみますか」と、カウンセラーを紹介したのだった。ところがそれが思わぬ成果を生むことになる。
 紹介したカウンセラーが良かったのか、母親は定期的にカウンセリングに通い、息子のことはもちろん、自分自身や夫とのことを相談するようになった。すると不思議なことに、高校生の息子の状態が、明らかに良くなり始めたのだ。母親の本人に対する理解が深まり、本人への接し方が、以前のように厳しいものではなく、本人の現状を受け入れたものに変化したと言うこともあるだろうが、父親もカウンセリングに訪れたことをきっかけに、本人に対する否定的な態度を改めていった
 家庭内の空気が、緊張したものから穏やかなものに変わり母親の表情も明るく変化した。受診に来た当初は大学への進学など夢物語の感があったが、1年半後大学に進むと、むしろ生き生きと大学生活を楽しむようになった。そして、医学モデルでは説明の難しいことだが、脅迫症状も全くなくなって、スムーズに生活できるようになったのである。

【感想】
 今回も岡田氏の文献からの事例紹介ですが、今回ならではのテーマは次の2点です。
・「正確さにこだわる」という大なり小なり誰にでもある症状について
家族環境の在り方について

◯「正確さにこだわる」という大なり小なり誰にでもある症状について
 脅迫症状の症状と言われる「正確さにこだわってしまう」「適当にできない」という特徴は、感覚過敏である自閉症スペクトラム(AS)の傾向が高いタイプに見られる“こだわり”の表れです。
 これは私の推測ですが、この事例の高校生は①もともと外部刺激に敏感に感じやすい感覚過敏の特徴を強く持っていて、そこに②家族内に安全基地がどこにもないと言う生活環境重なった(①+②)ために、脅迫症状と名がつくほどまでに症状が悪化したのではないでしょうか?
 因みに、この「正確さにこだわってしまう」「適当にできない」等のASの特徴は大なり小なり全ての人が持っているものです(自閉症スペクトラム障害=ASDとはASの傾向が障害域にある症状)。例えば、整理整頓がきちんとされていないと気が済まない、仕事は完璧にこなさないと気が済まない、鍵を閉めたかどうかが気になって家まで戻ってしまう、等々。

 しかし、どの子どもがASの特徴を強く持っているかについては、実はその親御さんでさえ余りはっきり分かっていないことも多いのではないでしょうか。という事は、ギスギスとした家族内の安全基地問題が起きれば、この記事と同様の症状はどの家庭の子どもに起きてもおかしくはないということなのです。もちろん感覚過敏の特性は先天的なものなので、改善すべきは家族内の人間関係の問題である事は言うまでもありません。

家族環境の在り方について
①「以前から(夫婦間で)衝突することが多かった」
②「父親は本人が高校受験に失敗して以来、本人のことを否定的にしか見ていなかった」
 ①は、子どもの前で夫婦で衝突することは子どもの安心感を脅かす行為、②は、受験に失敗した子どもに価値を認めないことも子どもの安心感を脅かす行為です。一方で、両性の働きである「安心7支援(母性)」の「子供の前では微笑む」「指示や注意は穏やかに」や、見守り4支援(父性)」の「子どもの取り組みを見守る」等を意識している親は、子どもの前で夫婦喧嘩をしたり、子どもを成否の判定道具として見たりすることは余りしないのではないかと思います。なぜなら、それらの支援を気をつけている時の子どもの明るい表情を守りたいと思うはずだからです。

③「は、弟に対するライバル心が強く、顔を見ると本人を傷つけるようなことばかりを言っていた」
「いじめ加害行為は本人が溜めたストレスの発散行為」という専門家の考えの下に立った場合、「姉の敵対心」は母親からの母性不足(=安全基地のぜい弱性)によるものと考えられます。

 精神科医の岡田氏は安全基地の条件の一つとして「安全性の保証」を挙げています。本人にとって精神的な安全性が保障される家族環境になければ、不安感が無くなることはないはずです。家族同士での“いじり”や“ダメ出し”が習慣化しているような場合は要注意と言えるでしょう。

AS傾向大の子どもに愛着アプローチが効いた訳
 では、なぜAS傾向大の子どもに愛着アプローチが効いたのでしょうか?
 ASは感覚が過敏であるがためにいつもドキドキして安心感が得られないでいる症状。愛着不全は安全基地が得られないために安心感が得られない症状。つまりどちらも安心感が不足しているためであり、“安心感の数直線”の上に並べれば、どちらも「0」に近い付近に位置している症状です。そのため、本人に安心感の元になる安全基地を提供する愛着アプローチ(具体的には「安心7支援」による働きかけ)が、ASの傾向を持っている人にも効果があると考えられるのです。
 この事は、本ブログダイジェスト記事「【愛情の基本】 〜子どもとの愛着を形成する“母性”の働き『安心7支援』〜 パートⅡ」の中の「7. 『安心7支援』は発達障害や精神的に不安定になっている子供をも安心・安定に導く支援」という項目で「『安心7支援』は教育活動の原点」紹介しています。