【今回の記事】

【記事の概要】
「先生、『親』ってこんなに大変な仕事だったんですね!」E代さんは心療内科の外来で、ため息をつきながらそうこぼした。気にかけていたのは、高校に入ったばかりの息子のことだった。「ボクがお母さんを守ってあげる」と言った優しい子
    ようやく授かった大切な一人息子。夫が単身赴任となり、浮気が発覚してひと騒動あった時も、子どもに苦労をさせてはいけないと、必死になって育ててきた彼女の宝物だ。そのかいあって、息子は頭が良いだけでなく、心優しい男の子に育ってくれた。夫婦げんかに疲れ果てた夜、「ボクがお母さんを守ってあげる」と言われたときは、不覚にも涙がこぼれた。
「うるさいっ!」と壁に拳で穴を開け
    しかし、そんな自慢の息子は、中学2年頃から急に無口になった。何でも話してくれていた息子は、心配そうな彼女の話しかけにも、うざったそうな目をするばかり。中学3年になると成績が落ちて、第一志望の高校は難しいと先生から言われた。それでも息子は黙っているだけだ。「どうしたの? どうして何も話してくれないの?」と問いかけるE代さんに息子の一言が飛んだうっせいな。黙れよ、このクソババァ!E代さんは驚愕した。そこにいるのは、これまでの「かわいいボクちゃん」ではなく、見知らぬ男性のようだった。高校に入る頃から息子の態度はさらに悪化した。試験の結果を尋ねようとしたときは、「うるさいっ!」と罵声が飛び、本を投げつけられた。さらに怒りがおさまらないのか、息子は拳をたたきつけて、壁に大きな穴を開けてしまったのである。「あの時はホントに怖かった。私の父が暴力的な人だったので、その場面がよみがえり、一瞬で凍りついてしまいました」E代さんはつらそうに、そう語る。

性ホルモンが親元を離れる行動を導く
「『親を嫌いになるホルモン』って知ってます?」私はそう尋ねてみた。「えっ? そんなものがあるんですか?」とE代さん。「実は『性ホルモン』のこと。私は密かにそう呼んでます。思春期になると『性ホルモン』が出てくる。特に男の子の場合は、男性ホルモンの影響で、ひとりを好むようになり、あまり親と話をしなくなる。わけもなくイライラしたり、八つ当たりをしたり……。そしてなぜか『親を嫌い』になるんです。生物学的に言えば、生殖が可能な年齢になって、次の世代を産み出すために親元を離れる。そのための行動を導くのが性ホルモンなんですね。人間で言えば、その年齢が14歳前後。昔なら、そのころに『元服』して成人になる。でも現代社会では、まだ一人前とは言えない。だから社会に出るまでの10年間くらいが、親子の軋轢の一番激しい時期じゃないでしょうか。『悪夢の10年』と呼ぶ人もいるくらいなんですよ」
親に「子を嫌いになるホルモン」はない
「うちの息子が病気だというわけじゃないんですね?」あなたの息子さんは、正常な発育をしていると思います。きっと自分でも苦しんでいるんじゃないかな。でも、子どもが親の『無償の愛情』に気づいて感謝するのは、自分が子どもを育てる立場になったとき。いや、一生気づかずに過ごす人だって多い。だから『親』って、本当に大変な仕事だと思うんです。親に『子どもを嫌いになるホルモン』は出ないですからね。子どもから嫌われて、憎まれて、つらい思いに耐えながら、社会に出て困らないように、子どもを育てあげる。それができてはじめて、『親』としても一人前になるんでしょうね」するとE代さんは「私一人がつらいわけではないんですね。私の子育てが間違っていたんじゃない。それを聞いてホッとしました。子どものためなら、私、まだまだ頑張れます!」と、清々しい表情でそう語ったのだった。(梅谷薫 心療内科医)

【感想】
    かつては「ボクがお母さんを守ってあげる」と言うほど優しかった息子が、思春期に入るなり、
「中学2年頃から急に無口になった。何でも話してくれていた息子は、心配そうな彼女の話しかけにも、うざったそうな目をするばかり。…」挙句には、「うっせいな。黙れよ、このクソババァ!」等の暴言。そんな変化は多くの親御さんが経験しているのではないでしょうか?

男性ホルモンの影響で、ひとりを好むようになり、あまり親と話をしなくなる。」
生物学的に言えば、生殖が可能な年齢になって、次の世代を産み出すために親元を離れる。」
つまり、思春期を迎えると、無口になって、それまでに比べて親との距離が広がるのは、生物学的に言って当然のことなのです。
    しかし、子どもがそう言う時期を迎えた時に、親の対応の仕方で、その後の子どもの様子が変わってくるのです。このE代さんは、無口になった息子さんに対して、「どうしたの? どうして何も話してくれないの?」と懸命に問いかけました。実はその“問いかけ”がうまくなかったのだと思います。生物学的に大人になろうと親から離れていこうとしていた息子さんに近づきすぎたのです。子どもが変化したら、親の接し方も変化しなければならないのです。例えば、成人した我が子に対して子どものように甘やかしたり、世話を焼いたりする姿を見ると、誰でも違和感を感じるはずです。その場合はハッキリと大人になったことが分かっているので、その接し方はおかしいと理解できるのですが、「思春期に入った子どもに、実は大人になるための変化が始まっている」と言うことを知らないでいると、小学生の頃と同じような接し方をしてしまい、大人にベッタリ接するのと同じ行為をしてしまうのです。大人が親からベッタリされると誰でもうっとおしく感じるはずです。それと同じ感情を中学生の息子が抱いているのです。全く正常な感情です。うっとおしく感じない方が異常です。

    そういった息子に変化が現れたら、「この子もいよいよ大人へと成長を始めているのね」と認識し、“干渉”を減らして“見守り”を増やせばいいのです(「手はかけずとも目はかける」)。
    逆に、「うるせえなぁ!」と言う子どもの態度に腹を立てて、「親に向かって、なんだその態度は?!」と迎え撃ってしまうと、息子との争いが激化してしまい、最後には力ではかなわなくなり、結果的に子どもの暴力や引きこもりに我慢しなくてはならない事態になることもあるでしょう。それが長期化すれば、大人になっても引きこもりを続ける「8050問題」に発展してしまう恐れもあります。
    仮に、今回のような事例のために、現在引きこもり等の問題を抱えている家庭でも、「あなたが反抗期だった頃、あなたの中に起きていた変化のことを知らずに、苦しい思いをさせてしまっていたんだね。ごめんなさい。」と話すだけでも、親子の関係は改善するのではないでしょうか?今回のことに限ったことではありませんが、自分の弱い部分を相手に正直にさらけ出す「自己開示」をしてくれる人に対しては、自己開示をされた受け手側も同じように自己開示をしたくなると言います。

【参考記事】
    以前に私が投稿した記事です。「思春期の子どもの変化に合わせる」という点について、よければ合わせてお読みください。