【今回の記事】

【記事の概要】
   どちらかといえば優等生だったはずの息子が、特殊詐欺に巻き込まれた父親が、日常の隣に潜む犯罪への道への警戒を呼びかける。

「まさかという気持ち。タバコを吸ったこともないし、成績だって上位。誘われて軽い気持ちでやったんでしょうけど…。ショックで母親は寝込み、精神的な病気にもなりました。(子供を)あまり縛り付けたくはありませんが…正直それほど悪い家庭ではないと思っていた分、どうしていいかわからないというのが本音です」
   絞り出すような小声で電話インタビューに答えてくれたのは、以前、息子が特殊詐欺事件、いわゆる「オレオレ詐欺で検挙されたという渡辺勝さん(仮名・40代)だ。

   渡辺さんの息子・A君(当時16歳は)、関東某県の私立高校に通う、普通の高校生だった。進学コースに在籍し、運動部には所属せず、毎日夜9時近くまで学校で「特課」と呼ばれる授業を受け、その後に受験予備校に向かうこともあった。家族の仲はいたって普通、毎日曜日は家族そろって近所の焼き肉店や中華料理店でにぎやかに食事を摂った。唯一、息子がぼやいていたのは「お小遣いが足りない」ということ。
   進学コース在籍者はアルバイトが原則禁止で、とにかく受験勉強が最優先された。中学時代の同級生など、地元の友人たちがアルバイトなどをして自由なカネがあるのに対し、息子は月に3000円の小遣いを何とかやりくりしていたのである。「可能な限り家族が揃う時間を取ろうと努力してきたつもりです。 我が家は大金持ちではありませんし、私立校に通わせていたから、息子も小遣いが足りないとはぼやいても、事情は分かってくれていると思っていました。また、小遣いを上げすぎるのもよくないと考えていました。しかし、私たち親が思っている以上に、息子にとってカネが必要だったということでしょう。良かれと思ってやっていたことが裏目に出たのでしょうか」
   夏休み明けの9月中旬、早朝。渡辺さんが起床し、玄関に新聞を取りに行こうとすると、玄関のガラス越しに黒い人影が無数に見えた。インターホンに応答すると、黒影の正体が刑事であることが分かった。刑事によれば、息子は夏休みに入る直前の6月頃に、友人らと共にコンビニのATMから20万円弱を不正に引き出した、ということだった。一日に数件のコンビニを回って、それぞれ異なるキャッシュカードから20万円弱を三回計60万円近くを引き出していた。そのうち一件について、被害者から被害届が出されており、捜査していたところ息子の関与が判明したのだという。
「息子は『先輩についていっただけ』と話していましたが、どうも筋悪の先輩であるようでした。先輩と言っても、地元中学の仲の良い先輩で、そこまでの悪事を働くような大悪党ではありません。捜査の中で、その先輩がカネに困り、ネットで“簡単なバイト”に応募をしたことで、今回の事件に巻き込まれていたという話も出てきたそうです。息子も「先輩の言うことだから」ということでついて行き、言われるがままATMから現金を下ろして先輩に渡したそうです。
   息子はこの“バイト”で、一回につき二千円ほど、計六千円を受け取ったそうです。まさかオレオレ詐欺に加担していたとは思っておらず、ひどく動揺していました。親としても息子を怒鳴りつけたい気持ちでしたが、何となく先輩に言われてやったばかりに…。小銭ほしさもあったんでしょうが…」
   正直なところ、親としては息子が検挙されるのは納得がいかなかったとも話す渡辺さん。先輩の指示に従って、何もわからないままカネを下ろしただけの息子。息子は多額のカネを受け取ったわけでもない。悪いのは先輩か、その先輩に悪事を指示した黒幕だ。しかし罪は罪。しかも今流行りのオレオレ詐欺の引き出し役なのだ。
   息子は高校を退学にはならなかったものの、長期の停学を命じられた。そのまま従えば留年確実であり、周囲の目も気になってやむを得ず転校したのだった。
「息子は自分のしでかした事の重大さに気づき、部屋から出てこなくなりました。自営業だった私も取引先からいろいろと噂され、仕事が減りました。今は家族がバラバラの状態ですが、何とか修復させたい。同時に、息子がなぜあのような事をしたのか、巻き込まれたのかも調べました。他人事のように聞こえるかもしれませんが、とにかく、青少年と犯罪の距離が近すぎるネットやSNSでこれらのバイトは簡単に見つかるし、誰でもできる環境があるということです」
   近年、ネットで募集されていた“高額バイト”や“簡単なバイト”という甘言に踊らされ、犯罪行為に手を染めてしまう人が後を絶たない。「交通費も支払う」と言われて行ったら殺人犯に指示され、遺体を運ばされる、オレオレ詐欺事件の出し子、受け子をやらされるといった事例が相次いでいる。「金が欲しい」と漠然と思っていたところに「気軽に出来るバイトがある」と吹き込まれれば、誰だって「やってみよう」という気持ちになるのかもしれない。しかし、その先にまさか、殺人事件や詐欺事件の共犯者、どころか実行犯となり正犯者になる危険性が潜んでいるとは、誰も想像できない。
   当記事を読んでいる読者の中にも「少し考えればわかること」だとして、A君らを見下している人がいるかもしれないが、むしろ、そうした人々たちに向けて発信したいというのが、筆者の意図だ。渡辺さん家族も、確かに傍から見れば立派な一家であり、自他ともに「犯罪とは無縁」と認めるくらいの、いたって普通の暮らしぶりだったのだ。しかし、落とし穴は誰の周囲にも、見えない口を開けている。無関係だと思い気にせずにいられる我々こそが、今一度その危険性をしっかりと把握している必要があるのかもしれない。

【感想】
   まずは、今回の事例での問題の流れを整理しておきたいと思います。
①当該生徒は小遣いの額に不満を持っていた。
②当該生徒の筋悪の先輩がカネに困り、ネットで“簡単なバイト”に応募をした。
当該生徒は、その先輩に誘われて言われるがままにATMから現金を下ろして先輩に渡した。

   つまり、我が子がこの先輩のように直接ネットの甘い誘惑に陥るケースもあれば、我が子が直接ネットに関わっていなくても、先輩や友人の誘いに乗ってしまうケースもある(上記事の渡辺さんが「息子が検挙されるのは納得がいかなかった」と感じていたのもこのため)ということが分かります。つまり、今回の事例は決して他人事ではないのです。

   次に、上記の流れの中に見られる問題点を挙げてみたと思います。
親子間の意思疎通
   今回の場合、小遣い額についての息子の要望や不満が親に理解されなかったと思われます。
   記事には「(事件前に)息子がぼやいていたのは『お小遣いが足りない』ということ」とあります。つまり息子が小遣いについて不満を持っていたことを親は知っていたのです。しかし、親が「私立校に通わせていたから、息子も事情は分かってくれていると思っていました。また、小遣いを上げすぎるのもよくないと考えていた」ことから、息子との話し合いが行われることはありませんでした。しかし、これら「私立校に通わせていたから贅沢はできない」「小遣いをあげすぎることは子どもの成長上好ましくない」と言う考えは、あくまで大人である親の考えでした。その考えが、「息子の不満には応じられない」という結論を息子に相談することなく導き出してしまっていたのでした。結果的に、その結論は裏目に出ました。たとえ大人が正論を持っていても、息子の不満を受け止めてあげるべきだったのでしょう。特に、当時の息子は16歳という“自我が発達”した大人に近い人格を持った存在だったのですから、彼の考えを尊重して対等の関係に近い状態で話し合う姿勢が必要だったのかも知れません。
   因みに、子どもの第二次性徴が始まる10歳頃は、ホルモンの分泌が盛んになり、成長へ体力が取られて、体内バランスが崩れやすくなる前思春期」と呼ばれているそうです。つまり、子どもが無条件に大人の考えを受け止めるのはおよそ小学校3年生までで、それ以後は子どもなりの自我が芽生え始め、“子ども相手”は通じなくなるのです。

犯罪との繋がりまで可能にするSNSとの関わり方
  “高額バイト”や“簡単なバイト”という甘い言葉で誘いかけるSNS。通常のバイトとネットで誘っているバイトの違いは何でしょうか?通常のアルバイトは、地域における信頼がかかっている店での仕事ですが、ネットでのバイトは相手の素性が分からずどんな危険が潜んでいるか分かりません。
   これまで何度もお話ししてきましたが、今回の「オレオレ詐欺」の事例に限らず、決して信頼性が高いとは言えないネット情報の穴に陥らないようにするためには、スマホを買い与える“前”の以下のような家庭内でのネットルールの約束が重要になります。
   今回の事例は、きっかけはバイト情報をネットで見つけた先輩からの誘いでしたが、スマホ利用の規範意識が薄ければ、いつ我が子がネットの甘い誘惑に陥ってもおかしくないのです。
   因みに、親の方から一方的にルールを押し付けるよりも、ルールを守らないとどんな生活が待っているかを、具体的な症例を子どもに紹介して、「こうならないためのルールを決めよう」と導く方が、ルールを設ける理由が子どもによく理解されるに違いありません。

◯身近な先輩や友人からの悪い誘いへの対応力
   この事例では、息子さんは「『先輩の言うことだから』と疑うことなくついて行き、言われるがままに行動した」とのことでした。
   どんなに我が家でネットルールを決めていても、他の家庭でも同じようにルールを決めているか?と言うとそうとは限りません。ネットルールが無く甘い誘いに乗ってしまった先輩や友人からの悪い誘いを持ちかけられた時に、その善悪を判断する力受け入れない勇気がないと、結局は彼らと同じ行動を取ることになってしまうのです。少なくとも、いつも“親の言いなり”になり、“意思決定能力”が不足している子どもには無理でしょう。自立4支援」のような子どもの自立を促すサポートによって、自分自身で意思決定する習慣を身につけさせておくことが重要になるでしょう。