【今回の記事】

【記事の概要】
   22日に投開票が行われた衆院選。秘書に対する暴言・暴行が報じられて自民党を離党し、埼玉4区から無所属で出馬した豊田真由子氏(43)は、大方の予想通り、落選した。「このハゲーッ!」などといった暴言が、あれだけテレビのニュースなどで報じられれば、むべなるかな、である。
   投開票当日は、落選が決まってから3時間ほどが経過した午後11時過ぎに会見。スタッフをねぎらった後には大粒の涙をこぼした。思えば9月の“復帰会見”、今月10日の公示日でも、この人は涙を流していた。女性が涙を見せれば同情もありそうなものだが、取材をしている中では、そんな声は後援者以外からはみじんもなかった演説などを聞けば、それも納得できた
 9月の会見、公示日でも一応は「謝罪」を口にし、「自分が招いたものなので…」と反省の弁を述べているようでもあったが、その後に続くのは「自分は現職時代にこれだけのことをしてきた」「小さなお祭りにも、誰よりも足を運んで来た」といった「頑張ってきた自慢」。そんなものは自分で評価するものではなく、周囲が認めることで、初めて「実績」となるものである。
 しかも、無所属で戦う自分の立ち位置を「みすぼらしい選挙」と自嘲し、その言葉を何度も繰り返した。「これまでは街の中にポスターが何千枚も貼ってありましたが、現在は一枚もありません」とも話していたが、本当に地元の人たちに認識され、愛されているのならポスターなんて貼られていなくてもみんな彼女のことを知ってるはず。そんな言葉からも、常に「自分は間違っていない。評価をする周囲が間違っているんだ」と考えているような空気が伝わって来た。これでは、選挙に勝てる訳などないだろう。
{1BB3B152-F085-4303-AC9A-FC2099EC69AD}
   
【感想】
   これまでこのブログでも何度か取り上げてきましたが、「自己愛性パーソナリティー(人格)障害」という障害があります。
   これは、過度な「自分第一主義」の考え方の為に、極端なうぬぼれ自己中心的な性格のため周囲とトラブルを引き起こすタイプです。因みに、米国の心理学者サム・ヴァクニン博士は、トランプ米大統領を「自己愛性パーソナリティー障害」と結論づけています
   ところで、私は以前次のような記事を投稿しています。
この中で私は、豊田議員の「自己愛性パーソナリティー障害」を疑う指摘をしています。オーストリアの精神科医コフートは、この障害について、幼い未熟な自己愛を満たす「共感」を得られなかったために、自己愛の成熟が阻まれたことに原因があるとしました。「共感」とは、幼い子供が自分のしたことを親に見てほしくて誇らしげに振り返った時に「すごい!」と称賛を送ったり子どもの夢物語を受け止めたりするようなことだそうです。
   豊田議員の両親は高学歴の持ち主です。更に長女も医者、三女は弁護士になっていますから、次女の豊田氏も幼少の頃から「四方八方からプレッシャー」を感じながら宿命的に偏差値の高い大学を目指す生活を送っていたということが考えられます。つまり、幼少から精神科医の岡田氏が指摘する教育熱心な支配型タイプの親に育てられ、幼少期に、どちらかというと「共感」よりも「自立をより求められ、きめ細かい愛情をあまりかけられなかったのではないでしょうか?事実、「ハゲーっ!」「この『豊田真由子様』にむかって」等と秘書を見下し「自分の地位は格上」と言わんばかりの暴言を吐いたり、(今回の記事にあるように)“謝罪”よりも“自分の実績の自慢”をしたり、「自分は間違っていない。(ポスターを外すような)評価をする周囲が間違っているんだ」と言わんばかりの言動をとったり、更にはあの謝罪会見という場にあってさえも某週刊誌の記者の質問に対して表情を豹変させたりした、正に「自己愛性パーソナリティー障害」の症状である“過度な「自分第一主義」”に合致する現在の豊田氏を考えると、乳幼児期の親からの「共感」の在り方に何らかの問題があったと考えることは、決して不自然なことではないような気がします。

三つ子の魂百まで」という諺があります。また、精神科医の岡田氏は、「一歳半までの養育で子供が母親との間に愛着を形成できたかどうかで人間の一生の人格が決まる」と指摘しています。つまり、乳幼児期に一度形成された人間の人格変えることは難しいのです。豊田氏は、あれ程マスコミや世間から激しいバッシングを浴び、謝罪会見まで開き、その上で再度選挙に立候補してなお、自分の“素の人格”を隠す事ができなかったのですから。

   しかし、豊田氏やトランプ大統領以外の全ての家庭が、幼少期の我が子に「共感」という十分な愛情を注いでくることができたか?と問われるとどうでしょうか?
   事実、学校の子供達を見ていると、得意げに自分の自慢話を友達に話したり本当は自分に非があるのにその責任を友達に転嫁しようとしたりする子供がいます。
   ちなみに私が提唱している愛着形成のための愛情行為である「愛着7」の中には、小さなことから褒める」と子供の話をうなずきながら聞く(共感する)」という行為があります。この行為は、先に紹介した「幼い子供が自分のしたことを親に見てほしくて誇らしげに振り返った時に『すごい!』と“称賛”を送ったり、子どもの夢物語を“うなずきながら聞いて”あげたりする」という「自己愛性パーソナリティ障害」を生まない為の愛情行為と合致するものです。
   豊田氏は、この“人格形成”において正に一生の悔いを残す結果となってしまいましたが、今を生きる子供達、さらにこれから生まれてくる子供達には、同じような苦しみを味わわせるわけにはいきません。その為には、乳幼児期からの「愛着7」等の愛着行為を大切にしたり、仮にこれまでの愛着形成が不十分だったのであれば、“これからでも間に合う”とされる“愛着形成のやり直し”に取り組んだりする必要があると思います。