【今回の記事】

【記事の概要】
①福井県池田町教育委員会は16日までに、今年3月に町立池田中学校2年の男子生徒=当時(14)=が死亡したのは自殺だったとの報告書を公表した。
 報告書は生徒について「真面目優しく努力家だが、対人関係が器用ではない一面もあり、傷つくことも多かったと思われる」と指摘。「生徒の性格や行動の特性、気持ちを理解しないまま、担任は大声で叱責するなどし、副担任は執拗(しつよう)な指導を繰り返した」と認めた。
 池田町教委の内藤徳博教育長の話 学校の対応に問題があった。生徒の特性にあった指導方法を取るべきだったと深く反省している。 

町教育委員会が設置した調査委員会の報告書によると、生徒は生徒会の副会長を務めていたが、昨年10月、参画していたマラソン大会の運営で担任から校門前で準備の遅れを怒鳴られ、目撃した生徒は「身震いするくらい怒鳴られていた」と証言したという。
 11月には、宿題を忘れた理由を、生徒が生徒会や部活動とした(言った)為、副担任が注意。「宿題ができないなら、(生徒会や部活動を)やらなくてもよい」とすると、生徒は「やらせてください」と土下座しようとしたとしている。
 生徒は母親に「僕だけ強く怒られる。どうしたらいいのか分からない」と泣きながら訴えて登校も渋ることもあり、母親が副担任を変更するように要望したこともあったという。

【感想】
   教育委員会の報告書では、生徒について「真面目優しく努力家だが、対人関係が器用ではない一面もあり、傷つくことも多かったと思われる」と指摘されています。これら全ての特徴が自閉症スペクトラム障害(ASD)の障害特性と一致しています。
   ASDの子どもの心は、真っさらなキャンパスのように濁りがなく、大人に教えられた通りに真面目に行動しようとする真っ直ぐで優しい心を持っています。しかし、正しいルールをかき乱す自分本位な人間に出会うと、途端に気持ちが不安定になるので、人間関係が苦手と捉えられているのです。
   そんな過度に感じやすい“感覚過敏”のASDの子供が本来“社会的ルールの手本”であるはずの教師から、理不尽で「身震いするくらい怒鳴られるような厳しい叱責を受け続ければ、その子供の生活行動は間違いなく不安定なものになり、今回自殺した生徒のように、自分から土下座をしたり過呼吸になったりとパニック症状を起こすのです。
   また、記事では、この生徒だけが厳しく叱られていた旨も報道されています。ASDの子供は“想像力”の障害も持っているうえに、物事の“段取り”も上手くできない特質も持っている為に、他の生徒よりも行動が遅れがちになる面を持っています。前回紹介したように、この生徒には宿題提出や生徒会活動の準備の“遅れという問題があり、担任らはその点を厳しく指導したそうです。これも、結果的に発達障害による行動特徴を攻め続けたような印象を受けます。

   さて、ここから前回の続きになります。
   この担任と副担任が、族から相談を持ちかけられた後でさえも指導の仕方を変えなかったのはなぜだったのでしょう?
   前回の記事では「生徒はこうした指導などについての不満を家族に相談。家族から事情を訴えられた担任は、対応を約束したが、適切な対応を取らず、副担任と叱責を繰り返した」と報道されています。この表現からすると、保護者はこの担任に“直接”相談を持ちかけ、その場で対応改善の約束を得たと解釈されます。仮に、教頭先生などを通して担任に情報が入ったのであれば、校内においては、その教頭の目抑止力となり、過度に厳しい指導は少しは改善していたのではないかと思われます。
   しかし、今回の事例に限らず、保護者の方が直接担任に電話や連絡帳等で相談を持ちかける場合は少なくないと思われます。仮に、今回の事例でも直接担任に相談が持ちかけられていたとすると、この担任と副担任の“人間性”から考えると、自分達から管理職に自分の非に関わる報告を上げるということはしないのではないでしょうか。つまり、家族からの訴えは、管理職が与り知らないままであった可能性が高いのです。
   もともと、教室という場所は機密性が高く、ドアが閉められていると、外部からは中でどんな指導がされているかは分かりにくい環境にあります。そんな場所で、この担任と副担任は、管理職の目の届かないところで、保護者からの訴えがあった後も、なんら対応の仕方を変えることなく、あいも変わらず厳しく執拗な対応を取っていたのではないでしょうか?いや、もしかしたら保護者から訴えられたことで気分を害し、以前よりも厳しい接し方をしていたかも知れません。

   限られた情報の中で、多少穿った見方もあったかもしれませんが、最悪のことを想定するならば、担任に対する不満を学校に伝えるときは、直接担任に伝える事は避けた方が良い事だけは確かです。本来の外部との窓口である教頭や副校長を通して相談し複数の教師の目で事態の改善に当たるようにしなければ、個人の思惑だけで勝手に“子供の幸せ”に反する方向に進められるような事が起きかねません。

   何れにせよ、発達障害が疑われている生徒であるにも関わらず、更に、保護者から相談を受けたにも関わらず、過度に厳しい叱責を続け、結果的に生徒を自殺にまで追い込んだこの2人の教師の罪はあまりに大きいものがあります。
   よもや、自らの命を断った“感覚過敏”の生徒に対して、「他の生徒は自殺には至っていない。この生徒が単にメンタルが弱いだけだったのだ。」等という「通常学級の子供には障害者はいない」とされていた「特殊教育」時代と何ら変わりのない短絡的な捉え方だけは控えたいものです。
   更に今回の事件は、この生徒の特殊性に限ったものではなく、他の生徒も大なり小なり感覚過敏のASDの特性を持っていることを考えれば、決して「対岸の火事」ではありません。
   池田町教委の教育長が「生徒の特性にあった指導方法を取るべきだった」と述べているように、今私達は、この生徒の失われた命をきっかけに、真剣に特別支援教育と向き合わなければならない、正にその時に来ているのです。

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この記事では、体罰や暴言の子供の脳にどんな恐ろしい影響を及ぼすのか?、そしてどうすれば体罰や暴言を使わずに子供の行動を改めさせることができるのか?と言う事について述べてあります。