10,囚われし過去と、解き放つ未来・・・10
サカキさんは記憶の糸を辿っている。そんな顔つきで静かに箸を置いて語り出した。
旅に出たきっかけは君らくらいの年になると芽生える衝動的な放浪欲ってヤツかもしれないな。
まぁそのときはただ受験が嫌で現実逃避したかったんだろうけどね。
行く宛ては誰も自分のことを知らない土地。
これが一番重要だった。
頼る人もいなければ頼られることもない。そんなこんなでたどり着いたのがここだったんだ。
北海道の地図を空港で買って、そう君達が手にしてる地図みたいに現在地と行き先をあらかじめマークして、動いたところを線で結んでいく。
当時はヒッチハイクなんて映画の中だけの世界でほとんど馴染がなかったんだ。
だから、車を停めてもらうのはヒッチハイクのポーズよりスケッチブックいっぱいに目的地を書いていたほうが効果的。僕を停めた「えりも岬」みたいにね。
旅の途中いろんな人に出会ったんだ。
旅の醍醐味ってのは、やっぱ一期一会だからいまだに忘れられない人もいるし、かといって出会いがすべて良いものでもなかったけど。
ただ僕が言うきっかけってのいうのはあのカウンターの中にいるこのラーメン屋のご主人のお兄さんとの出会いだった。
彼は日高町というところで大きな牧場をやっててね。まだ十代の僕が内地(本州)からはるばる北海道にやってきて一人旅ということに興味があったのか、話をしていくうちにそこの牧場で少し手伝ってくれないかと言われてね。僕は無性にその場所に行って見たくなったんだ。牧場の仕事なんてなかなか経験できるものじゃないし、なにより旅の資金を補充するってことも重要だった。
牧場の朝は本当に早かったよ。
でも寝床も道端とか公園とかじゃないし、食事も面倒見てくれるしね。
大体一週間くらいその生活をしてようやく仕事の内容も覚えてきてね。何十頭もいる牛に名前をつけてこの子はこういう性格だからこうしたほうがいいとか話す彼がなんかとても好きになった。
あるとき一頭の牛が病気になってね。
街の獣医さんを呼んだことがあったんだ。急病だから本当はトラックに乗っけて牛を獣医さんのところに運べばいいんだけど、なんせそのときは人手不足でただ待つことしか出来なかった。結局獣医が来たのは2時間以上も経ってから。
牛の容態はあまりよくなくて、しかもその牛のおなかには牛の赤ちゃんがいた。
母体はかなり衰弱してたのでせめておなかの赤ちゃんを助けなければっていうのが獣医の判断だった。
赤ちゃんは無事出産できたけど、母体はもうすでに手遅れ、そのとき立ち会った獣医さんが言ってたよ。
もっと早ければ助かったはずだってね。
それを聞いていた彼は泣きながら夜が明けるまでずっとそばにいた。
朝牧場の仕事に戻ると彼はまだ死んでしまった牛の傍らで寝ていた。
何かいけないものを見てしまったと思ってこっそり気づかれないように牛舎の外に出て、声を上げて泣いてしまった。彼の優しさと、僕の無力さと、なぜ獣医がもっと早く来なかったんだっていう苛立ちとか、複雑に絡み合って泣いてしまったんだ。
彼の奥さんが言ってたよ。
彼は牛をわが子のように可愛がるその反面こうやって立ち直れずに仕事が出来なくなる日もたびたびあるってね。
死ななくてもいい病気で死んでしまうのは本当に悔やまれることだ。彼が僕に言った言葉。
そのときかな、獣医を目指そうと思ったのは。僕はその後一ヶ月ほど彼の牧場でお世話になってまとまったアルバイト代で北海道を観光した。
その後実家に戻り、新しい参考書を買って、それと新しい未来に向けて勉強をした。・・・獣医になるためにね。
そして今に至るってわけ・・・。
つづく
旅に出たきっかけは君らくらいの年になると芽生える衝動的な放浪欲ってヤツかもしれないな。
まぁそのときはただ受験が嫌で現実逃避したかったんだろうけどね。
行く宛ては誰も自分のことを知らない土地。
これが一番重要だった。
頼る人もいなければ頼られることもない。そんなこんなでたどり着いたのがここだったんだ。
北海道の地図を空港で買って、そう君達が手にしてる地図みたいに現在地と行き先をあらかじめマークして、動いたところを線で結んでいく。
当時はヒッチハイクなんて映画の中だけの世界でほとんど馴染がなかったんだ。
だから、車を停めてもらうのはヒッチハイクのポーズよりスケッチブックいっぱいに目的地を書いていたほうが効果的。僕を停めた「えりも岬」みたいにね。
旅の途中いろんな人に出会ったんだ。
旅の醍醐味ってのは、やっぱ一期一会だからいまだに忘れられない人もいるし、かといって出会いがすべて良いものでもなかったけど。
ただ僕が言うきっかけってのいうのはあのカウンターの中にいるこのラーメン屋のご主人のお兄さんとの出会いだった。
彼は日高町というところで大きな牧場をやっててね。まだ十代の僕が内地(本州)からはるばる北海道にやってきて一人旅ということに興味があったのか、話をしていくうちにそこの牧場で少し手伝ってくれないかと言われてね。僕は無性にその場所に行って見たくなったんだ。牧場の仕事なんてなかなか経験できるものじゃないし、なにより旅の資金を補充するってことも重要だった。
牧場の朝は本当に早かったよ。
でも寝床も道端とか公園とかじゃないし、食事も面倒見てくれるしね。
大体一週間くらいその生活をしてようやく仕事の内容も覚えてきてね。何十頭もいる牛に名前をつけてこの子はこういう性格だからこうしたほうがいいとか話す彼がなんかとても好きになった。
あるとき一頭の牛が病気になってね。
街の獣医さんを呼んだことがあったんだ。急病だから本当はトラックに乗っけて牛を獣医さんのところに運べばいいんだけど、なんせそのときは人手不足でただ待つことしか出来なかった。結局獣医が来たのは2時間以上も経ってから。
牛の容態はあまりよくなくて、しかもその牛のおなかには牛の赤ちゃんがいた。
母体はかなり衰弱してたのでせめておなかの赤ちゃんを助けなければっていうのが獣医の判断だった。
赤ちゃんは無事出産できたけど、母体はもうすでに手遅れ、そのとき立ち会った獣医さんが言ってたよ。
もっと早ければ助かったはずだってね。
それを聞いていた彼は泣きながら夜が明けるまでずっとそばにいた。
朝牧場の仕事に戻ると彼はまだ死んでしまった牛の傍らで寝ていた。
何かいけないものを見てしまったと思ってこっそり気づかれないように牛舎の外に出て、声を上げて泣いてしまった。彼の優しさと、僕の無力さと、なぜ獣医がもっと早く来なかったんだっていう苛立ちとか、複雑に絡み合って泣いてしまったんだ。
彼の奥さんが言ってたよ。
彼は牛をわが子のように可愛がるその反面こうやって立ち直れずに仕事が出来なくなる日もたびたびあるってね。
死ななくてもいい病気で死んでしまうのは本当に悔やまれることだ。彼が僕に言った言葉。
そのときかな、獣医を目指そうと思ったのは。僕はその後一ヶ月ほど彼の牧場でお世話になってまとまったアルバイト代で北海道を観光した。
その後実家に戻り、新しい参考書を買って、それと新しい未来に向けて勉強をした。・・・獣医になるためにね。
そして今に至るってわけ・・・。
つづく