『修行をさせて頂きたい!』
そう決意したときに1つだけ自分に約束したことがあります。
それは『慣れない意識をもつこと』
人にも、毎日のルーティングにも…
慣れると、当たり前となり不平不満、愚痴となる…
すると、敬う心を忘れ態度にでてしまうので。
でも、それが人間の本質であり、しょうがないのです。
だからこそ"人生は魂磨きという修行"だと思っています。
今、私は修行の身。
厳しいのが前提であり、仏教を通し人間を学び直しに行かせて頂いている。
それに僧侶にはズルさや怠慢。
粗末な作業をするその心の内はすぐ見抜かれてしまいます。
なんで毎回、仕切り直しという"慣れない意"を自分に込めて…
僧侶へのご挨拶は『本日も…』ではなく
『本日は、よろしくお願い致します…
』と
頭を深く下げて意識的にしています。
今まで正座をして頭を下げるなんてそう滅多になかったですよ
滅多にお会いできない大阿闍梨の僧侶は言います。
『感謝の反対は当たり前…』だと。
その当たり前は慣れからくるものではないかなと。
そうはいっても、私も人間で慣れてきます、ズルさが湧き出るときだってあります。
しかし、それが決して悪いわけではなく、そんな自分に気づき、向き合い時に律していく日々から、これまた違った景色もあるのかなと。
緊張が続く毎日ですが心は満たされていく不思議。
今は修行ができる時間とタイミング、環境、人に心から感謝です。
乳がんになる前は、常に不足感があったと思う。
それゆえ、小さな幸せにも疎かったかもしれません。
そんな私に病気が"期待を求め怒ることよりも、まず先に自分が感謝をすることの大切さ"を教えてくれました。
敬う心も…
病気が私の転換期となったわけですね。
でもこれで終わりではなく、またこれから新しい人生の修行がはじまります…
P.S
8月はお盆ですね。
日曜日に大施餓鬼供養という先祖供養でお寺の大きな行事があり日帰りで九州まで行きました。
法衣、作務衣、錫杖、教本に数珠をガラガラに詰めて早朝から飛行機に乗り、夕方まで1日中動き回った。
けど、朝は疲れるどころかスッキリ起床!
まあ~身体が軽いこと
きっと、成仏できなかったご先祖様があの世に旅立たれたのかもしれません…

ご供養をするとご先祖様はいろんなサインをくれるのです。

