再読中の浅田次郎本 「一刀斎夢錄」 | StarTrooper達へ

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なにやら、あやしくなってきた世情。韓国、シリア、中国などなど、こんなときに日本が外国からの圧力で開国させられ、近代国家を築いていった明治の人の生き様は今の私達に何かを語りかけてくれるような気がしている。司馬遼太郎本なんかもその時代の日本人のことを書いているが…いつの時もどう生きるかは、万人の悩むことではあるが


一刀斎夢録(上・下) 浅田次郎著
殉死の価値ある時代問う
2011/2/18 7:00
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(文芸春秋・各1600円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)
 「わしの話を聞いても、剣は捨てぬと誓えるか」―斎藤一が、梶原中尉にそういった時、私は紙幅から殺気が放たれるのを見た。新選組の戦後を生き、西南戦争で抜刀隊に参加。己(おの)れが殺してきた人々の命と業を受けとめつつ、未(いま)だ死ねない男。それが斎藤一だ。表面上のストーリーを見ていけば、土方の遺影を託された少年と一の話は確かに最高の挿話だろう。

 が、本書には隠しテーマがある。冒頭、梶原は明治天皇に殉死した乃木大将は、その夥(おびただ)しい肩書に圧し潰(つぶ)されたのでは、と考える。一方、同時に明治の御世を生き、死に際して自らの墓石に唯、森林太郎とのみ記せといった鴎外がいる。この二人は日露戦争において相似形の十字架を背負っている。乃木は二百三高地において多くの兵を死なせ、鴎外はドイツ医学から学んだ脚気(かっけ)の原因はウイルスに依(よ)るという説をとり、陸軍兵の主食を白米とし、万単位の兵を殺してしまっている。そして乃木の殉死に材を得た初の歴史小説「興津弥五右衛門の遺書」を書いている。

 作者は一個の人斬りを描きつつ、我らに殉死すべき価値ある時代があるや否やを問うているのではないか。

★★★★★

(文芸評論家 縄田一男)

[日本経済新聞夕刊2011年2月16日付]