歴史が好きなのになぜ書かない?
奥さんに責められています。
ので、ちょっと・・・。
歴史の中でも、全般の「政治史」というのが好きなんですが
人に説明する時は「戦国&幕末」と答えています。
なぜか?
そう。人に合わせないと自分の世界に入って、相手を”引かせて”しまうからです。
例えば「厩戸皇子」って知っていますよね?
聖徳太子のことですが、今やその存在はほとんど否定されています。
いろいろ根拠はあるのですが、ここでは省略させていただきます。
面白いことは、この聖徳太子に絡んでの話が、ウソ・ホンの判断はそれぞれ人の解釈次第です。
(まあ、歴史なんて解釈の方でどうとでも言えますが・・・)
何が面白いか、というと
この聖徳太子にまつわるエピソードはいろいろありますが、結構「イエス・キリスト」
とかぶるんです。
生まれた場所からして同じでしょ?
さあ、これが何を意味するのかは、専門家の研究次第でしょう!
また、いろいろ歴史にまつわる本て出ています。
この”歴史ブーム”も手伝って「眉唾モノ」やら「キワモノ」も多く出ています。
疑問を提起するのはいいんだけど、あまりにも的外れが多い。
注目されたいのは分かるけど、もっと正面から見よう。と言いたい。
なぜか。
今の歴史小説の本のほとんどは「結果」が分かっている上でのモノばかり。
そりゃあ、結果が分かっていれば苦労しないよね。書きやすいよ。
しかも、それを「史実」の様に思わせているし。(これはかなり問題)
あくまでも「小説」として書いてもらいたいし、読んでもらいたいと思います。
最後にある研究者の言葉
「小説家が歴史を語るな。時代私小説を書け」
重みのある言葉です。