------------
↓『鋼のメンタル』百田尚樹著、新潮新書、2016)より引用(09)

もしあなたが「自分は正しく評価されていない」「本当の自分を見てもらえていない」という意識を持っているなら、それはただちに捨てたほうが賢明です。
そういう気持ちはすべて弱い精神から来た「甘え」だからです。
前にも書きましたが、他人はあなたをしっかりと見ています。
信じたくないことかもしれませんが、これは事実です。
そうではない! と反論されるあなたに、申し上げたいことがあります。
あなたが持っていると思っている素晴らしい能力をきちんと発揮していますか。
実際にそれを使って仕事の業績を挙げていますか。
あるいは人間関係において、周囲を魅了する話をしていますか。
多くの尊敬を勝ち取る行いをしてきましたか。
中にはそういう人もしるかもしれません。
でも、多くはそうではないでしょう。
「他人は本当の自分を見てくれない」という人のほとんどの気持ちは、実は、表に現れない内側の自分の能力、美点、長所を見てほしいというものです。その気持ちはわかります。
でもいったいあかの他人の誰が、ふだん表に出さないあなたのそういう部分に、わざわざ目を向けてくれるでしょうか。
周囲の人や会社の上司は、あなたのご両親でもなければ恋人でもありません。
あなたの秘められた素晴らしさを積極的に見つけようとはしてくれませんし、当然ながら、そんな義務はどこにもありません。
周囲の人は、普段の生活であなたが見せている姿だけを見ています。
あなたが出している能力と言動だけを見ています。
そのことで、彼らの人を見る目のなさを非難したくなったならば、その前にあなた自身の甘えを非難すべきです。

↑(引用ここまで)
-----------

百田氏も言うように、「他人から見た自分の評価こそが、結局は正当な評価である」と私も実感します。
しかしながら、『本当の自分を見てもらえていない』なんて、仕事でも恋愛でも「甘え」の常套句ですよね。
恋愛や結婚に際して、「ありのままの私を受け入れてほしい」なんて言う奴(特に女性)が多いのは今も昔も変わらないと思うのですが、「そんな面白味もない、他者への心配りもない、そんなお粗末な”ありのまま”なんて、見せてくんな、ボケ!」と言ってやりたくなるのは私だけではないはずです(笑)。
「ありのままの自分」「本当の自分」なんて、ずぼらで、スケベで、鼻もほじれば屁もこくし、小さいことに腹は立つし、自分の利益ばかり考えている、とてもじゃないけど他人にはお見せできない有様です。…私だけですか?(笑)
そんな「たいしたことない」自分の本質を自覚しているだけに、できる限り周囲に心配りをし、愛想をふりまき、誰もがやりたくない仕事も率先してやる。そうして、ちょっとずつ周囲に「あいつはやるな」と認めていってもらう。…程度の大小こそあれ、みなさん、なんとなくそうしてだましだまし暮らしていると思うんです。
…だから、もう「ありのままの私を云々…」って言うの、やめません?
周囲に「一目置かせ」て、それを演じ続けて死んでいくしかないと、最近本気でそう思うのです。