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↓『鋼のメンタル』百田尚樹著、新潮新書、2016)より引用(08)
↓『鋼のメンタル』百田尚樹著、新潮新書、2016)より引用(08)
橋下(徹)氏は大阪府知事時代も市長時代も、そんなもの(マスコミの批判)は微塵も恐れず、歯に衣着せず、言いたいことをどんどん言ってきました。
しかも定例記者会見で延々何十分も喋るのです。時には新聞記者相手に激論を交わします。これは大変な度胸です。
橋下氏との食事中、この本のテーマを思い出し、彼に質問しました。
「マスコミやネットの凄まじいバッシングがあるとわかっているのに、なぜ発言をオブラートに包まずに言い続けるのですか」
「マスコミやネットの凄まじいバッシングがあるとわかっているのに、なぜ発言をオブラートに包まずに言い続けるのですか」
すると橋下氏は笑いながらこう答えました。
「木星から望遠鏡で地球を眺めてみたら、僕の言ってることなんか、全然どうってことないでしょう」
「木星から望遠鏡で地球を眺めてみたら、僕の言ってることなんか、全然どうってことないでしょう」
この答えには私も思わず笑ってしまいました。
たしかに太陽系レベルで見れば、地球の中の小さな列島に住む一人の人間のセリフなどどうってことはありません。
たしかに太陽系レベルで見れば、地球の中の小さな列島に住む一人の人間のセリフなどどうってことはありません。
↑(引用ここまで)
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橋下氏が言うように、太陽系や宇宙から我々人間を俯瞰で見たら、ゴミみたいなものだと私もよく思います。
誰がどんな発言をして周囲から叩かれようが、ネットが炎上しようが、誰と誰が結婚しようが、そんなことを「一大事」のように感じているのはその当事者だけで、数億年、そしてこれからも続いていく宇宙空間からすれば、そんなちっぽけな、いち生物の機微など「あってもなくても大差ないこと」ですよね。
私が「占い」やら「予言」やらにどこかうさん臭さを感じてしまうのは、そういう理由からです。
金運がどうだの、恋愛運がどうだの、天変地異が起きるのどうのなんて、星や風水からわかるわけないじゃないですか。
星や方角が、いち個人のことを気にして存在しているとでも?(笑)
星や方角が、いち個人のことを気にして存在しているとでも?(笑)
だから何もかもがどうでもいい、なんて言いたいわけではないのですが、いまだに「占い」やら「風水」やらに執着する人の多さを思うと、「人間」という存在がそんなに「特別」だと本気で思うのかと、ツッコみたくなってしまうのです。